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10年間、毎日空気を見える化し続ける理由。引地耕太氏とひもとくダイキンの看板「大ぴちょんくん」の特異性

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気温や湿度で9色に変化する看板「大ぴちょんくん」
気温や湿度で9色に変化する看板「大ぴちょんくん」
  • ダイキン工業 制作:東洋経済ブランドスタジオ
大阪・梅田の街角に、今日も色を変え続ける巨大なしずく型のLED看板「大ぴちょんくん」がある。その役割は、新製品を売るためでも、キャンペーンを打つためでもないという。ダイキンがこの“空気の看板”を掲げて2026年で10年が経った。なぜ、ここまでして「空気を見える化」し続けるのか。大ぴちょんくんは、ダイキンという会社の思想をそのまま映し出す装置である。大ぴちょんくんを通じて「空気の見える化」にこだわるダイキンの思いとは――。クリエイティブディレクターの引地耕太氏を迎え、「空気で答えを出す会社」というダイキンのパーパスを看板という物理的な装置で表現することに込めた意義を掘り下げていく。
引地 耕太(ひきち・こうた)
クリエイティブディレクター
1982年鹿児島県生まれ。大阪・関西万博デザインシステム「EXPO 2025 Design System」を株式会社ワントゥーテンが公募により受注し、在籍当時は製作チームの代表者を務めた。グローバルブランドのクリエイティブから映像や舞台演出など、さまざまなプロジェクトを手がける。2025年に株式会社VISIONsを設立し、東京と福岡を拠点に活動中

温度の看板から、パーパスを示す「空気の看板」へと進化

ダイキンが屋外看板広告に取り組み始めたのは1962年、東京・有楽町に設置したネオン看板にまでさかのぼる。その後、全国の主要都市へと展開し、1990年代には街の温度をリアルタイムで伝える温度表示看板を導入。ベースには「温度を見ることで、空気を感じてもらいたい」という思いがあった。

2016年、ダイキンのパーパス「空気で答えを出す会社」を看板でも体現できないか、という問いから生まれたのが、梅田のシログチビル屋上に登場した「大ぴちょんくん」だ。1999年ごろから家庭用エアコンのイメージキャラクターとして親しまれてきた「ぴちょんくん」の愛らしさを生かし、温度だけでなく湿度も含めた空気の状態を9色のぴちょんくんで表現する“空気のメディア”である。

大ぴちょんくんの「大」は、大きいの「大」、そしてダイキンの創業時の社名「大阪金属工業」の「大」に由来する。高さ約13m、横幅約11mの大きさだ

クリエイティブディレクターの引地氏は、大ぴちょんくんの第一印象を「かわいい」と評価しつつ、その奥にあるデザイン的価値を独自の視点で分析する。引地氏は、大阪・関西万博デザインシステム「EXPO 2025 Design System」を株式会社ワントゥーテンが公募により受注し、在籍当時は製作チームの代表者を務めた人物である。

「かわいらしさの中に漂う『とぼけた感じ』や『抜け感』が目を引きました。ただ単にかわいらしいキャラクターは世の中にたくさんありますが、大ぴちょんくんは何を考えているのかわからない違和感がある。隙のある雰囲気が特徴的で記憶に残りやすいですね」

またAI全盛時代において、「違和感」は重要なキーワードだと引地氏は言う。

「AIの普及により、最適解や正しいものが世の中にあふれています。だからこそ、最適解から少しずらした『違和感』が、さまざまな解釈の幅となる『余白』を生み、逆に気になる存在として人々の心をつかむようになりました」(引地氏)

このように「違和感」が人々をひきつけるきっかけとなり、さまざまな解釈の幅となる「余白」として機能する構図は、大ぴちょんくんにも当てはまるのではないだろうか。大ぴちょんくんのどこかふわっとしたたたずまいは、人々に受け入れられるための「余白」のあるデザインともいえるだろう。

データを基に姿を変えるキャラクターは希有な存在

大ぴちょんくんの色が変化する仕組みは、日本気象協会の気象データに加え、梅田と新大阪の2カ所の看板内部に設置されたセンサーから気温・湿度のデータを取得、9色のぴちょんくんでリアルタイムに自動表示するというものだ。温度と湿度の2軸で空気の状態を9種類に分類し、例えば湿度が低く温度の高い日は「からからオレンジ」、湿度も温度も高い日は「じりじりレッド」というふうにそれぞれ名前を付けている。看板を目にした人に「今の私の気持ちが表示されている」と共感してもらうための、感性に訴える表現手法である。

10年間の出現率を分析すると、ここ数年気温が高く湿度が高い「じりじりレッド」や「あつあつピンク」が増加。大ぴちょんくんは、ここ最近の猛暑、酷暑という環境変化を捉えている

また、大ぴちょんくんは空気の色を映し出す「9色の顔」以外にも、季節や記念日に合わせた「百変化の顔」を持っている。

ハロウィン仕様の大ぴちょんくんはSNS上で大きな話題をさらった。大阪ならではの遊び心あふれるカニやヒョウ柄は、大阪・関西万博がきっかけで誕生

引地氏は「環境センシングのデータを基に可変するキャラクターというのは、これまでのブランドデザインの中でも新しく、ほかでは聞いたことがない」という。

「かつてロゴやキャラクターは印刷を前提として1つのパターンに固定されることが常識でしたが、近年、世界的なトレンドとしてロゴを動的に変化させる『ダイナミックアイデンティティー』という考え方が浸透してきました。大ぴちょんくんはずいぶん前から、屋外看板という公共の場でこの概念をナチュラルに実践しているといえます」

さらに引地氏は、大ぴちょんくんを「単なるデジタルサイネージではなく、ダイキンのパーパス、空気で答えを出す会社そのものを体現した存在だ」と続ける。

2020年、コロナ禍の「大阪モデル」達成状況を緑色、黄色、赤色の3色の信号に合わせて見える化。府知事からも好意的なコメントが寄せられたという

「大ぴちょんくんは、パーパスを言葉で語るのではなく、目には見えない空気の状態を、温度や湿度といったデータや表情の変化を通じて生活者に伝えています。長年にわたるそのコミュニケーションが、親しみや信頼を積み重ね、ファン化にもつながっているのだと思います。見えない空気の状態を表情や色で可視化するデザインは、SDGsの観点からも、人々の意識を環境へ向けさせる重要な役割を果たしています。もはや広告の枠を超え、都市の環境変化を伝える『都市インフラ』といえるのではないでしょうか」

実際、コロナ禍においては「大阪モデル」(新型コロナウイルス感染症の感染拡大状況や医療の逼迫状況を判断するため大阪府が独自に設定した指標)の警戒信号と連動した表示を行い、自治体や一般市民から大きな共感を呼んだ。大ぴちょんくんが人々に受け入れられたのは、「目に見えない空気の価値を可視化する」という社会に資する機能があったからにほかならない。

「公の器」としてのブランド資産――人々の“自分ゴト”を生む存在

引地氏は「大ぴちょんくんは企業キャラクターでありながら、社会と環境をつなぐ『公の器』としての役割を果たすブランド資産である」と語る。

「ブランドとは、単なる企業イメージではなく、企業の文化や戦略をどうつくっていくかというビジョンや立ち位置そのものだと僕は考えています。事業、キャンペーン、商品開発、人事・採用などすべてにおいて、『パーパスにひもづいているか』が判断基準になるのが理想です。大ぴちょんくんには、空気を通じて社会をどう変化させたいかという『アウトカム』が明確にあり、パーパスにしっかり帰結しています」

大ぴちょんくんは、例えば看板を見た人が「今日はこんな空気なんだ」と感じて写真を撮ったり、大阪に来た実感を持ったり、その日の気分が少し和らいだりというように、見た人が自分ゴト化し、思わず関わりたくなるような、街を行き交う人々とコミュニケーションする看板として、これまでも、そしてこれからも愛される存在を目指す。

見えない空気を色に変える巨大なしずくは、この先も大阪のランドマークとして、人々に空気の質を伝え続けていく。