こうして念願の慶應義塾大学に入学した林田さん。しかし、入学してからの大学生活を、林田さんは「堕落していた」と率直に振り返ります。
出席が厳しくなかった時代でもあり、必要最低限しか通わない日々。就活もやる気が出ませんでした。
多くの企業に落ちたものの、なんとか生命保険会社に入った林田さんは転勤のタイミングが重なったこともあり、 2年の勤務の末に退職します。そして、彼が次なる目標に掲げたのは、医学部受験でした。
サラリーマンを辞めるために資格を取りたかった
「もともと大きい会社でビジネスマナーを身に付けてから、やりたいことが見つかったらそっちに行こうと考えていました。ですが、大学時代にフラフラしている人間はそんなにやりたいことが見つかりません。
だから資格を取ろうと思い始めたのですが、いろいろと考えた末に行き着いたのが、医学部でした。父親が医師だったことも、どこかで意識の底にあったのかもしれませんが、どちらかというとサラリーマンを辞めるために何か資格を取りたかったというのが大きかったです」
こうして再度の受験勉強を始めた林田さん。再受験1年目は、代ゼミサテラインの映像授業を数科目受けながら独学で進めました。
「最初の浪人の時みたいに、映像の授業を何個か取る形にしていました。英語は苦労しなかったですし、数学もやり直せばなんとかなるかなという感じでしたが、理系科目はゼロからだったので、どうやって勉強しようってところからのスタートでした。
最初は簡単なセンター模試を受けても化学・生物は40〜50点でしたね。映像授業で一通り見たおかげでセンター試験の模試では夏ぐらいには8割くらい取れるようにはなったのですが、数学も高校の時は2+Bまでしかやっていなかったため、思ったより伸びませんでしたし、苦手だった国語・社会は最後まで足を引っ張りました」
結局、この年はセンター試験で7割程度と失敗したために国公立は受験できず。私立も大阪医大・関西医大・近大・兵庫医大・金沢医科大などを受けたものの、補欠止まりで全落ちに終わりました。
2年目は「自分のペースで勉強できる場所が欲しい」という理由で、河合塾大阪校の私大コースに入学。授業を詰め込むためではなく、あくまで自習環境の確保が目的でした。
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【当時もう28歳】
