前々回のシュウカツの話の続きである。
今度は、就活ではなく終活である。
就活はすべての人を不幸にする。終活は、終活業者を幸せにするが、終活事態が本人を幸せにするわけでない。
しかし、終活をしている人は幸せだ。
つまり、「終活は人を幸せにしないが、終活をしている人は幸せである」というクレタ人のパラドックスのようなことが成立している。
しかし、「終活をしている人は不幸であるが、終活はその人を幸せにする」ということも言えるかもしれない。
どういうことか。
終活が役に立たない4つの理由
まず、前者については、就活の回で書いた通りで、終活をしている人は、将来のことを実はいっさい考えず、今だけを見て生きているから幸せ者だ、ということである。
それは、死についてまったく考えていないために、ほんとうの死とは無関係に終活をしているのである。
彼らは、将来のことをまったく想像できていない。100%、今のこと、目の前のことしか、感じていない。だから、ほんとうの死の匂いのしない行為、ほんとうの死とは無関係な行為をすることによって、今の行動だけについて感じることとなり、今だけを生きることになり、だから幸せなのである。
しかし、実際に死に直面した時には、彼らの「終活」として行っていたことはほとんど役に立たない。それには4つの理由がある。
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