以上は、先行研究の主張を整理したものだ。神風伝説への疑問は戦前からある。神国思想の時代だが、同時に日本民族主義の高揚から過去の日本軍事力を再評価する時期でもあった。
例えば、1931(昭和6)年の竹内栄喜『元寇の研究』が代表例だ。陸軍中将として戦闘に焦点を据えた内容で執筆しており、博多正面の防衛戦で日本は勝利していたと結論づけている。
戦前からあった「神風」への疑問
1934年の池内宏『刀伊の入寇及び元寇』も同じ結論である。「たとひ颱風の天佑がなくとも元軍十数万の其の後の活動其のものに依って、我が国家が危殆に瀕したであろうとは思われぬ」(46ページ)と述べている。
1945年の『朝日新聞』社説も同じ見地に立っている。元寇の勝利は精神的戦備だけではなく物質的戦力も動員した結果としている。これは本土決戦準備について「精神性だけでは勝てない」と暗に批判したとも受け取れる主張だ。
戦後になると1958年には、相田二郎『蒙古襲来の研究』、64年には陸自福岡修親会『元寇:本土防衛戦史』がある。近年なら92年に書籍化した佐藤大輔「不征の国」である。趣味誌掲載が先行しているが、国会図書館でも不存在のため初出は示せなかった。
ゲームだと95年の竹中清隆、山崎雅弘「神風伝説1274」も懐疑論を前提としている。ゲーム性との兼ね合いもあるが、天候を決めるサイコロで「神風:吹かず」となっても日本側の防衛成功はありうる設計になっている。
中国研究なら、2012年の王金林「元朝忽必列両次東征日本及其失敗原因」『東北亜学刊』の指摘である。文永の役での船団へのモンゴル軍後退について「日本武士の頑強勇猛がモンゴル軍に心理的衝撃を与えた」「日本軍の数はモンゴル軍の数倍と誤認した」「モンゴル軍の死傷者数は膨大であり矢も打ち尽くした」としている。
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【史実が示すもの】
