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元寇での日本の勝因は本当に「神風」だったのか/互角に戦った日本側、神風のストーリー性が「伝説」を歴史に残した

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鎌倉時代に侵攻してきた元寇で日本の勝利は本当に神風によるものだったのか(写真:freehand/PIXTA)
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弘安の役では上陸そのものが、ほぼ不可能となった。博多内湾の海岸線を防塁で固めたため、モンゴルの小舟は接岸できない。湾外への上陸を試みても、名誉や恩賞を目当てに押し寄せる日本勢により頓挫している。

さらには軍勢の質にも問題がある。文永の役では服属国高麗や占領下の漢人、弘安の役では滅した南宋出身者も含んでいる。当然だが戦意は高くはない。日本勢のように敵の首を斬り取る熱意は、ありえない。

日本勢は圧倒されていなかった

第3に、実際の経過も日本側の善戦を肯定している。悪条件の文永の役ですら、日本勢は現地で圧倒されていない。たしかに戦況は有利ではない。戦術や兵器といった戦争技術の後進性を露呈した形である。また博多の炎上や水城への日本勢撤退もあった。

ただ、モンゴルの攻勢には拮抗していた。討死も相次いだが、軍勢が押し包まれるような大敗北はない。水城への撤退戦でも追い打ちは受けていない。

仮に、侵攻が続けば翌日も戦闘を続けたことは間違いない。モンゴル側の船団撤退からすれば、その戦いも水城での防衛戦ではない。再び海岸付近まで進出する積極的な水際防衛戦となる。

そのうえで、博多で敗北しても致命的な事態には至らない。2日目以降は九州各地から、1カ月もすれば本州からの増援が筑前に到着する。そうなればモンゴル軍は敗北は免れない。増援で現れた無傷の日本勢と戦い続ければ、いずれはそうなる。

弘安の役に至っては日本の完封勝ちである。モンゴルは博多湾への上陸そのものができなかった。仮にモンゴルが上陸に成功しても、やはり日本勢の増援に撃破される。

神風は吹かずとも勝利は期待できたのである。

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【「神風」への疑問】

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