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憲法9条と現実の乖離はどこから始まったのか――占領期の再軍備証言が暴く「ねじれ」と日本の安全保障の原点と限界

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憲法改正論議の中心となる憲法9条と自衛隊との関係はどこから生じたのか(写真:TTwing/PIXTA)
  • 高橋 浩祐 米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員
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すなわち、日本は、形式上は軍隊を持たない非軍事の平和国家でありながら、実態としては高度な軍事能力を保持するという二重構造を持つに至った。

この点は現在にも直結する。現在の自衛隊は約22万人規模の人員と先進装備を有し、「いずも型」護衛艦の軽空母化改修や長射程ミサイル配備など、「専守防衛」の解釈は拡張を続けている。中国の軍拡、北朝鮮の核・ミサイル開発、ロシアの軍事行動といった現実の脅威に対応する中、この防衛力強化の流れは加速している。

「解釈」で支える安全保障の限界

「アメリカおよび私も、個人として参加する『時代のうそ』が始まろうとしている。これは、日本の憲法は文面通りの意味を持っていないと、世界中に宣言する大うそ、兵隊も小火器・戦車・火砲・ロケットや航空機も戦力でないという大うそである」。コワルスキーは当時、こう強く警鐘を鳴らしていた。

憲法9条2項は「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」と定める。政府はこれまで「戦力」とは自衛のための必要最小限度を超える実力を指し、その範囲内の「自衛力」は許されると解釈してきた。自衛隊は自衛力であり、禁止された戦力ではないという説明である。

しかし、この説明には無理がある。憲法の英文では「land, sea, and air forces, as well as other war potential」と記される。日本語の「戦力」の部分は、「war potential」であり、それは直訳すれば「潜在的に戦争を遂行できる能力」だ。

この概念は広く、事実上の陸海空軍である自衛隊はもちろん、本来は戦闘機や戦車を建造する防衛企業も「戦争を遂行できる能力」を有すると言えなくもない。

政府のこれまでの拡大解釈の積み重ねは、制度の柔軟性を担保する一方で、法的整合性をめぐる疑義を残してきたのだ。

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【憲法9条と現実とのねじれ】

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