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憲法9条と現実の乖離はどこから始まったのか――占領期の再軍備証言が暴く「ねじれ」と日本の安全保障の原点と限界

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憲法改正論議の中心となる憲法9条と自衛隊との関係はどこから生じたのか(写真:TTwing/PIXTA)
  • 高橋 浩祐 米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員
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象徴的なのは、警察予備隊が「軍隊でありながら警察」として制度設計された点だ。コワルスキーはこの過程について、「(自衛隊の前身である)警察予備隊の創設に当たっては、米国も日本政府も日本国憲法を蹂躙し、真実を故意に曲げ、道義上の信義を裏切った」と厳しく断じる。

さらに、「米国のとった態度および日本政府が自国の憲法を侵したことを、今になっていかなる理由をつけて弁解しても、みじめなだけでなんのとりえがない」とも述べ、当時の政策決定の正当性に強い疑義を呈している。

軍隊でありながら「警察」、 ねじれの起源は占領政策

この構造は偶発的なものではない。その起源は、占領期の対日政策そのものにある。マッカーサーは1949年にはイギリスの新聞との会見で、「戦争が起こった場合、アメリカは日本が戦うことを欲しない。日本の役割は太平洋のスイスとなることだ」と述べた。

コワルスキー大佐の著書。日本語版が最初に出された(写真:筆者撮影)

しかし、朝鮮戦争の勃発によって対共産圏の前線として再編する必要に迫られた。いわゆる「逆コース」(リバースコース)である。この政策転換により、憲法9条の理念と安全保障政策の現実は制度的に乖離することとなった。

コワルスキーは本書で、「日本の軍国主義者を一掃し、日本が再び軍隊を持つことを永久に禁止する憲法を制定した本人のマッカーサー元帥が、このようなやり方で日本再軍備を命令するようになったことは皮肉であった」「アメリカ側に関するかぎり、日本国憲法に一分たりとも心をとめた人はいなかった。マッカーサー元帥が1946年に始めた崇高な実験は、4年後朝鮮動乱の最初の砲煙と共に消え去ってしまった」と指摘した。

重要なのは、この乖離が単なる過渡的措置にとどまらず、その後の日本の安全保障政策の「基本構造」として固定化された点である。

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【憲法解釈で安全保障は解決できるのか】

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