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私たちが手にしている「当たり前」はどこから来たか/日本国憲法公布から80年、日本国民が守るべきは国民主権と平和主義

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日本国憲法が公布されてから80年、憲法改正への動きも目立ち始めた(写真:TTwings/PIXTA)
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吉田茂首相は、その当時のことを振り返り、アメリカ人の理想主義に辟易してこう述べている。

「どうもアメリカ人は理想に走り、相手方の感情を軽視しがちである。机上で理想的なプランを立て、それがよいと決まると、しゃにむにこれを相手に押しつける」(『日本を決定した百年』中公文庫、1999年、77ページ)

為政者が望んでいたこと、国民が望んでいたこと

しかし問題は、為政者がどれほど世界の変化に気づいていたのかという点にあった。アメリカから見れば、天皇主権は独裁体制であることに変わりがなかったのである。

それと同時に、為政者が望んでいたことと違って、日本国民自身がむしろ国民主権、そして基本的人権、さらに戦争放棄と平和主義を望んでいたことも確かであった。

マッカーサーは松本案を拒絶し、自らの案を出したことについて当時のことを振り返り、こう語っている。

「これでは古手の軍国主義者や官僚たちがふたたび議会を支配して、憲法に認められている権利を簡単に一掃してしまうことができる。いいかえれば、三ヶ月の作業のあと生まれ出た改正案は旧態依然たるもの、あるいは改悪とさえ思われるものであったのだ」(『マッカーサー大戦回顧録』下巻、中公文庫、2014年、234ページ)

マッカーサー案と議会に提出する日本国憲法とすり合わせ、字句修正が始まったのは1946年であり、やがて同年11月3日に公布される。そしてその半年後の47年5月3日にいよいよ施行された。

やがて自ら吉田内閣の大蔵大臣として日本国憲法草案を提出する石橋湛山(1884~1973年)は、46年3月マッカーサーの草案についてこう語っている。

「しかし今回の憲法改正草案要綱の最大の特色は、国の主権の発動として行う戦争及武力による威嚇または武力の行使を他国との紛争解決の具とすることは永久にこれを抛棄すること、陸海空軍の他の武力の保持はこれを許さず、国の交戦権はこれを認めざること、と定めた二章にある。(略)しかし記者はこの一条を読んで、痛快極まりなく感じた。近来外国の一部の思想家の間には世界国家の建設を唱道する者があるが、我が国は憲法をもってとりもなおさずその世界国家の建設を主張し、自らその範をたれんとするものにほかならないからである。(略)その瞬間においてもはや日本は敗戦国でも、四等、五等でもなく、栄誉に輝く世界平和の一等国、かねて日本において唱えられた真実の神国に転ずるものである。これに勝った痛快事があろうか」(「憲法改正草案を評す―勝たれるその特色と欠点」『大日本主義との闘争―石橋湛山著作集3』、鴨武彦編集、東洋経済新報社、1996年、289~290ページ)

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【石橋湛山の言葉】

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