桃白白さんは兵庫県西宮市に生まれました。仕事の関係で引っ越しが多く、東京・和歌山・兵庫県西宮市と各地を転々としながら幼少期を過ごしたそうです。
「小学校時代は活発な子どもで、外で遊ぶのが大好きだった」と語ります。クラスや委員会ではリーダー役を任されることが多く、陸上の地区大会に学校代表として出場するなど、運動面でも活躍していました。
一方で、小学校のころから人体や医学への興味は芽生えており、医学の展示会やエキスポに自発的に足を運んでいたそうです。
中学受験では、公立の芦屋国際中等教育学校を志望しました。「世界で活躍してみたい」という思いを持っていた桃白白さん。作文と面接だけで挑める同校は魅力的な選択肢でした。しかし結果は不合格。これが「人生初めての挫折になった」と当時を振り返ります。
公立中学に進んだ桃白白さんが中学時代に力を注いだのは陸上部でした。
1500mの長距離走に打ち込み、毎日20km走り込む日々を送りました。最初は弱かったものの、地区の陸上競技大会で2位を取り、駅伝では区間賞を獲得するまでに成長します。
一方で、成績面も中1〜中2のうちは両立できてトップクラスでした。しかし、陸上が強くなるにつれて競技に傾倒してしまいます。
「良いときは260〜280人中の学年1位を記録することもありました。しかし、陸上に力を入れていくうちに勉強が疎かになり、中3になると70番台まで落ちてしまいました。副教科の内申点も微妙でしたし、駅伝は冬まであったので受験勉強ができず当初目指していた地元の公立トップ校への進学を断念しました。私立専願で雲雀丘学園高等学校を受験して合格できたことは嬉しかったですが、公立トップ校に行きたかったので、自分の中では大きなしこりになりました」
勉強を頑張れば人気者になれるんじゃないか
難関校である雲雀丘学園高等学校に進んだ桃白白さん。運動部には入らず、文化系のボランティアインターアクトクラブに所属しました。
「高校からは勉強を頑張ろう」と気持ちを切り替えて学校生活を送っていた桃白白さん。勉強を頑張る転機となったのは、高1のコロナによる休校期間でした。
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【アニメの主人公に感化される】
