雑談が苦手なのは、当たり障りのない会話が苦手だからで、当たり障りのない会話には新しい情報のやりとりもない。そこに僕は耐えられない。かといって、初対面の相手に「天皇制についてどう思いますか?」などと、(新しい情報が得られそうな)質問をする勇気もないので、結局手詰まりになる。
だからいつも僕は雑談をするかどうかを相手に任せてしまう。自分からはなにも聞かず、相手になにかを聞かれたら答える、という卑怯な戦略をとっている(自分からは聞けないだけで、「今日暑いですね」と言われて不快感を抱くわけではない)。
人生において、誰かと初めて話をする機会は避けられない。そういった時、みなさんはどうやって雑談パートを凌いでいるのだろうか。僕はそれが本当に辛いので、知らない人が数多くいる場所には可能な限り近づかないようにしている。
有力な方法として、「出身地を聞く」というものがあるが、僕はこの手法を使えない。「どこ出身なんですか?」と聞いて、たとえば「仙台です」と言われたとする。僕の頭には「伊達政宗」と「牛タン」くらいしか浮かばない。
「牛タンおいしいですよね」と絞り出したとして、相手は「また牛タンかよ」と感じるかもしれない(僕自身は千葉県出身なのだが、「千葉です」と答えると、「ディズニーランド行くんですか?」や「落花生食べるんですか?」と聞かれてしまう)。
僕が多少なりとも雑談ができるようになったのは、相手の話を「メタ化」するという技術を編み出してからだ。
たとえば「暑いですね」と言われて、僕は「そうですね」と返事をする。普通だとそこで会話が終わってしまうのだが、僕は「雑談の時ってどうして天気の話をするんですかね?」と聞いてみる。「どうでもいい会話」を、「初対面の相手とどうでもいい会話をすることの意味」の話にすり替える。
そうすると、相手の考え方を知ることができたり、実は相手も天気の話が苦手であることを知れたりする。「どこ出身ですか?」と聞かれて、「千葉です」と答えて微妙な空気になっても、「出身地の話って、どうやったら盛り上がるんですかね?」と聞いたりする。
雑談が苦手だという人は、メタ化をしてみると、案外盛り上がるかもしれない。その際の注意点としては、ほとんどの場合「面倒くさいヤツだ」と思われることだ。みなさんもぜひ試してみてください。
口が臭い可能性から気づいたこと
この間、仕事で会った人の口臭が気になって、「もしかしたら自分も口臭で誰かに不快な思いをさせているかもしれない」と突然心配になった。
ネットで「口臭 原因」などと調べ、歯科医のサイトにたどり着いた。どうやら口臭には「生理的な原因」「病的な原因」「外部的な原因」の3つがあるらしい。
「生理的な原因」とは起床時や空腹時など、唾液が減ることによって揮発性の硫黄化合物が発生する現象のことで、「病的な原因」とは歯周病や虫歯によって口臭が生まれる現象のこと、「外部的な原因」とは飲酒や喫煙、ニンニクなど、口に入れた物質による臭いがする現象のことだ。
うがい薬を購入しながら、口臭が発生することの本質について考えた。口が臭い人のいちばんの問題点は、「生理的な原因」でも「病的な原因」でも「外部的な原因」でもなく、「『口が臭い』と指摘してくれる人がまわりにいないこと」なのではないか。
自分の息が臭いかどうか、自分で判断するのは難しい。もちろん、難しいことを知った上で、あらかじめ口臭対策を講じることはできる。
とはいえ、口臭は3つの原因ごとに対処の仕方が異なっていて、たとえば「病的な原因」を持つ人がうがい薬を常用しても解決にはならないらしい。うがい薬を使った上で、それでも口が臭い人も存在するわけだ。自分の口が臭いかどうかは、最終的に他人に判断してもらうしかない。
「私は『口が臭い』と指摘されたことがないから大丈夫」と安心するのも間違っている。それこそ、冒頭で述べた「仕事で会った人」に対して、僕は「口臭が気になります」と伝えなかった。
初対面の人にそんなことを言えるわけがない。かなり仲のいい人にだって言えない(面と向かって「口臭が気になる」と口にできる相手が、この世界にいったい何人いますか?)。
小説家としてキャリアを積んでくると、「ここは必要ないです」とか「ここはつまらないです」とか、いわゆる「ダメ出し」をしてくれる編集者の数が減ってくる。自分より年上、もしくはある程度地位がある人の機嫌を損ねるのが怖い、と考えてしまうのは人間の性(さが)だろう。
ある先輩作家は、最近どんな原稿を送っても担当編集者が「今回も最高です」とほめちぎってくるので不安になってきた、と言っていた。そういった編集者や同業者ばかりで周囲を固めていくと、つまらない小説ばかり書いていても、自分では気づきにくい環境が出来上がる。
口臭と同じで、つまらない小説にもたぶん3つくらいの主要な原因があるのだが、その小説がつまらないことに気づけない環境に本人がいるのだとしたら、そっちのほうが問題だと思う。
「口が臭い」ことも「小説がつまらない」ことも、責めるべきことではないと思う。どちらも悪意があるわけではないし、当人は必死に努力しているかもしれない。
しかし、責めるべきことではないが故に指摘してくれる人もいなくて、気づけば周囲から人がいなくなっている─最悪の結末だ。では、どうすればいいのだろうか。
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【部屋が汚い人を長年苦しめてきたこととは?】
