司法試験に落ちて、たまたま入社した日本生命保険という組織で、ロンドン現地法人の社長や国際業務部長を務め、いわゆる出世コースを歩んできた。
しかし、組織というものは面白いもので、論理よりも秩序や力学が優先される瞬間がある。48歳のとき、社長が決めた海外事業縮小に強く反発したところ疎まれ、55歳でビル管理会社への出向を命じられた。
社長レースからの脱落は、世間一般の感覚では絶望の淵に沈むような事件だろう。しかし、奇妙な解放感があった。それは僕が組織の人間である前に、知的好奇心の塊のような人間だったからかもしれない。
歴史をたどれば、どんなに栄華を極めた帝国も、システムが硬直化し変化に適応できなければ滅びる。当時の日本の生保業界は、まさにその硬直の極みにあった。高すぎる保険料、不透明な手数料、そして「義理・人情・プレゼント」で売る昭和のモデル。これをおかしいと感じる自分の感覚を、組織の論理で押し殺し続けることのほうが、よほど苦痛だった。
一人の人間として何ができるのか
この記事は有料会員限定です
残り 585文字

