一方、元気で病院にもかかっていない人がピンピンコロリで死亡すれば、臨床医には死因の判断がつかず、異状死として警察に通報が行き、法医学者や監察医によって検案や解剖が行われます。
そうなると、大変なのは残された家族です。大切な人を突然失って家族は茫然自失のはずですが、家に警察が来れば悲しみに暮れている暇はありません。
警察や役所、銀行、不動産関係の手続き、経済的な負担も降りかかってくる可能性があります。残された家族には迷惑がかかり、幸せなのは本人だけ、ということになります。
つまり、なるべく健康寿命を延ばして死ぬ間際までがんばろうとすればするほど、結果として突然死することになり、異状死扱いとなる可能性が高くなるのです。なんと皮肉なことでしょうか。
ピンピンコロリという言葉は、そのキャッチーでポジティブなイメージによって超高齢社会の日本ですんなり受け入れられました。
だからこそ、多くの人がピンピンコロリの幸せな死に方のイメージで思考停止してしまい、その先に起こることを深く考えていないようにみえるのが気になります。
ピンピンコロリは、亡くなった本人にとっては幸せでも、残された家族にとっては不幸せの可能性がある——。そのことを一度想像してみてほしいと思います。
がんや老衰で死ぬのはどうか
では、日本人の死因順位トップの「悪性新生物」、がんのような病気で亡くなるのはどうでしょうか。近年は緩和医療が発達しているため、痛みや苦痛を取り除きつつ、自分で亡くなる準備をして死を迎えることができるのは一見いいようにみえます。
ただ、治療の途中では抗がん剤のような副作用が強烈な薬を使う場面もありますから、簡単に「理想の死に方」と言い切るのは私には違和感があります。
「老衰」で亡くなるパターンも考えてみましょう。老衰は、亡くなった理由を加齢以外で説明できない場合につける死因です。本当の老衰は、数週間〜数カ月という長い時間をかけてゆっくりと衰弱していきます。
徐々に血圧が上がらなくなり、食事の量が減っていき、意識も朦朧として身体が動かなくなって死に至る亡くなり方です。
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【どのような死に方が理想なのか?】
