64年には東京学芸大学附属小金井小学校が1年生のランドセル通学を廃止。教科書やノートなどの学用品は学校のロッカーに収納し、宿題もなくしたそうだ。
そうした流れの中、60年代には各地の公立小学校でランドセル通学が廃止され、同時に学校として「宿題なし」の方針を掲げる学校もあった。
「学校と家庭を分ける」ためのランドセル廃止
66年には兵庫県西宮市の教育委員会が公立小学校におけるランドセル通学廃止を段階的に実施していくことを決定した。
西宮市の教育長であった刀禰館正也氏は「なぜ日本の子どもだけが、軍隊の背のうから転化した軍国主義の亡霊ともいうべき大きくて重いカバンをかつがなければならないのか」「なぜ日本の子どもだけが暗い歴史を持つ珍妙なカバンを背負わされているのか」と酷評した。
また青山学院初等部の主張にも似ているが、刀禰館氏は学校で完結すべき学びが、家庭の助けを前提としている点に疑義を示した。
同市は「学校で教えることが、家庭に持ち込まれ、家庭で教えるべきことがおろそかにされているという、いまの教育の混乱状態を、正しい姿にもどすこと」を目的に、ランドセル廃止を進め、学用品は学校に置くこととなった。
その後、西宮市ではランドセルに関して「画一的な規制はせず、家庭の事情にまかせてきたので、かなりの自由性の認められる形になって」きている。ランドセルを使いたい人はランドセルでもよし、そうではないカバンでもよし、というわけだ。
各校がランドセルを廃止した理由は「通学での負担を減らすため」「本来ならば学校で為すべきこと=学習を家庭に持ち帰って行うことへの違和感」などさまざまだった。
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【「脱ランドセル」、リュックの一斉配布に踏み切る自治体】
