中道の落選議員「資金難です」「支援してくださる方がいたら」に非難殺到 なぜ中道改革連合は国民の神経を逆なでするのか

✎ 1〜 ✎ 75 ✎ 76 ✎ 77 ✎ 78
著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小

なぜ、中道改革連合の政治家は、単に支持されないどころか、庶民の神経を逆なでするような「やらかし」をしてしまうのか。これは現代の政治空間において中道のポジションが嫌悪の対象になり始めていることを象徴する事件といえる。

筆者は、これまで「高市人気とチームみらいの躍進」の背景にテクノ・ポピュリズムの潮流があると指摘してきたが、この考え方に照らし合わせると、中道が陥っている致命的なズレが浮き彫りになる。テクノ・ポピュリズムとは、平たく言えば、「技術的・実務的な解決を唱道するテクノ志向」と、「真の国民の奉仕者を謳うポピュリズム志向」が合体したものだ。

テクノ・ポピュリズムの時代において、政治家は「崇高な志を持つ人」ではなく、「具体的なソリューションを提供する経営者・エンジニア的存在」として評価されやすくなる。その文脈では、選挙に落ちるということは「有権者という顧客にソリューションを却下された」ことを意味する。

政治家は高給の専門職

「金銭が苦しい」という告白が、「働くのです」という冷徹な反論を招くのは、有権者が政治家を特殊な身分ではなく高給の専門職と見なす傾向が強まっているからだ。専門職がコンペに負けて「生活費をくれ」と言うのは、プロフェッショナルとしてのプライドの欠如、さらには代わりの利かない価値を提供できていないことの証明と受け取られるだろう。

山岸氏のポストは、おそらく「弱さをさらけ出す誠実さ(真正性)」を狙ったものだったと考えられる。しかし、残念ながら、これはポピュリズムにおける真正性の解釈を決定的に誤っている。

政治学者のベンジャミン・モフィットは、ポピュリズムに特徴的な政治スタイルの一つに「悪いマナー」(bad manners)を示した(The Global Rise of Populism: Performance,Political Style, and Representation/Stanford University Press)。通常の政治的礼儀を破ることで、主流政治とは異なる正当性を主張する手法のことだ。

モフィットは、ポピュリストの指導者は「普通であること」と「非凡であること」の間の綱渡りをしなければならないと指摘した。前者は、「悪いマナー」、平易な言葉、労働者階級的な身なりで「国民の一員」であることを演じ、後者は、メシア的・カリスマ的な存在として「国民」を体現しようとする。

次ページ微妙なバランスの上に成り立っているパフォーマンス
関連記事
トピックボードAD
ライフの人気記事