スーパーマリオ、新作映画がまさかの赤点…大人気なのに低評価となっているそのワケとは
単にファン向けのイースターエッグ(隠し要素)がたくさん出てくるだけでなく、かつてマリオのゲームを楽しんだ人たちが、過去の体験を思い出すような作品になっているのだ。
たとえば前作では、マリオが「ネコマリオ」に変身してドンキーコングたちに笑われるシーンがある。ヒゲの生えた配管工がキュートなネコに変身するなんて、確かに笑えるかもしれない。しかし実際のところネコマリオはめっぽう強く、強大なドンキーコングに打ち勝ってしまう。
これはゲームでネコマリオが出てきたときのユーザーの反応と非常に似ている。最初はマリオがネコになるなんてと驚いたが、実際に遊んでみればゲームの設計に噛み合ったキャラクターであり、気づけばネコマリオを笑う人はいなくなった。まさにゲームの追体験といえる。
たしかにマリオの映画は子供向け、ファミリー向け、ファン向けといえるが、ストーリーのないアクションゲームを映画にするという意味ではこれが理にかなっている。何より、作品が目指しているものをうまく表現できているかどうかについては、成功していたといっていいだろう。
日本公開は4月24日、はたして評価はいかに
ところでもうひとつ書いておきたいのが、安易に「批評家vsユーザー」という対立構造に持ち込む危険性である。
そもそも批評家ですら一枚岩ではないのに、ユーザーに至っては多種多様すぎる。平均をとったところで、それが何を意味するのかは解釈が難しい。
また、人間は誘導されやすいものである。SNSでは極端な意見が目立ちやすく、今回のマリオ新作映画でも「酷評された」と書いてインプレッションを稼ごうとする人もいるだろうし、あるいは逆に「実際に見たら神だった」と極端に褒める論調が出回るだろう。
映画評論に特徴的な視点があるように、ユーザーも世間の流れに振り回されうる側面もある、というのは留意しておかなければならない。そして何より、自分が楽しめるかどうかはさらに別の話である。どちらの側に立って戦うかどうかなんてことは、心底どうでもいいはずだ。
そもそも『ザ・スーパーマリオギャラクシー・ムービー』は日本では2026年4月24日から公開予定である。具体的な内容について語るのは、見終えてからでもまったく遅くないだろう。
マリオを操作しなければゲームのおもしろさがわからないように、今回の映画が自分にとってよい体験か否かというのも、映画館に行かなければわからないのだろう。
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