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財務省で国債市場改革を担い“ミスターJGB(日本国債)”の異名を取った齋藤通雄氏。資産運用に携わるうえで歴史を指針とし、経済史研究との二刀流から大学教授に転じた平山賢一氏。2人が見てきた市場の変遷と、金利ある時代の行く末は。
「サプライズがあると金利は跳ねる」
──これまで最も印象的な場面は。
平山:1990年9月、長期金利が8%台に急騰したときだ。市場の動きが止まった真空状態の中でスーッと金利が上がっていった。今年1月20日に40年金利が4%台に急騰したとき、90年のときと雰囲気が同じだと思った。
90年当時、金融機関にはワイド(高利回り債券)を買う客の行列ができていた。今も債券への関心が再び高まっているが、やはり個人の金利に対する嗅覚は鋭い。
齋藤:サプライズがあると金利は跳ねるんだと実感したのが98年12月の“運用部ショック”だ。当時、理財局国債課の課長補佐だった。
11月に小渕内閣が緊急経済対策の補正予算で10兆円の国債を市中発行すると表明し、長期金利は1%割れからじわじわ上がったが1%台半ばだった。そこに理財局資金運用部が国債買い入れをやめることが伝わった。運用部の国債買い入れは年1兆〜2兆円程度。国債を10兆円増発して急騰しないのだから、1兆円の買い入れをやめても問題ないと局内では見なされていたが、国債課は金利が跳ねるおそれがあると警告した。
実は、補正予算による国債増発については、国債課は事前の情報発信で市場に織り込ませていた。だが、運用部が買い入れをやめる話は知られていなかった。






















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