広告契約ゼロでノイローゼ寸前だったニトリ会長の過去、"ダメ営業マン"が「たまたま選んだ家具業界」で天下を取った訳
家出、のち、人と話せないダメダメ営業マン
北海学園大学を卒業した私は、そのまま父の会社である似鳥コンクリート工業に入社しました。しかし、父にこき使われることが嫌になって家出します。それもそうです、入社を拒んで短大に進学し、さらには「もうちょっと学生生活を……」と大学に編入したほどだったのですから。よっぽど嫌だったんでしょう。
無職、家無しになった私は札幌市内の友人に頼み込み、屋根裏に住まわせてもらいながら就職活動をしました。ようやく見つかったのは広告営業の仕事。営業所に併設されたアパートに住み込みながら、働くことになりました。
私は1件も広告契約を取ることができませんでした。マニュアル通りに真面目に売り込む場面では、どうにも言葉に詰まってしまうのです。
飛び込みで営業しても会ってもらえることは少なく、ごくたまに話を聞いてくれる人が現れても用件を伝えられない。すると相手は「この営業マンは何をしに来たんだ?」と怪訝な顔です。
話すだけでなく、相手の話を聞くのも営業の仕事ですが、そちらもダメダメでした。広告の種類、契約のパターン、値引きなどについて、その場その場でさまざまな質問が出てくると、私は即座に理解できないんですね。適当な返事もできない。
そんなことを繰り返すうち、営業に行こうとするだけで汗が噴き出すようになり、いざ相手を前にすると赤面して、言葉がつかえて出てこなくなりました。軽い対人恐怖症のような状態になってしまったのです。





















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