あの大型イマーシブ施設閉館の裏に「稼働率100%でも赤字」の疑惑、マーケティングのプロが陥った"ある欲求"の怖さ
つまり、「稼働率が最大化しても黒字化が難しい設計」を内包したまま、事業がスタートしていたということになる。これは、マーケティングの巧拙や、新しい文化が受け入れられるかどうかといった議論以前の問題で、「そもそもビジネスモデルが成立していない」という、極めて初歩的な問いだ。
同社の代表はインタビューの中で、「1回あたりの体験人数が限られるため、稼働率が100%であっても大規模施設の運営は難しかった」という趣旨の発言をしていた。
しかし、稼働率を最大化しても収支が成立しにくい構造であることは、運営をスタートして初めて判明することじゃない。
なぜ「整合性を欠いた事業計画」を採用したのか
気になるのは、十分な実績を持つチームが、なぜ前提条件の時点で整合性を欠いた事業計画を採用してしまったのか、という点だ。どのような判断プロセスを経て、この設計で進もうと決断したのか。そこには、検証されるべき余地が大きく残っている。
僕は、この判断の背景に、経済合理性とは別の次元で作用した「心」の問題を見ている。これは当該施設に限った話ではなく、演者と観客の距離が近いエンターテインメントに携わる多くの運営者にも共通する論点だ。
今回の結果は、「イマーシブという表現形式の限界」ではない。実際、海外ではSleep No MoreやMasqueradeのように、長期間にわたり支持され、チケットが入手困難な状況が続いているイマーシブシアターが存在している。日本で言えば、「お化け屋敷」という超ロングヒットがある。あれもイマーシブだ。
そのうえで、当該施設の実態を冷静に見たとき、価値の源泉がどこにあったのかは、慎重に切り分ける必要がある。少なくとも当該施設の来場者のモチベーションは、「物語への没入」や「演劇的構造」そのものというよりも、「イケメンとの距離」にあったように見受けられた。言葉を選ばずに言えば、構造としては「ホストクラブ」に近い。
インタビューの中で、イマーシブの可能性を示す例として「200回以上リピートした来場者がいた」という発言があったが、これを「イマーシブの可能性」と呼ぶのは、常識的に考えてやや無理がある。むしろ、関係性への依存が行動頻度を押し上げた結果と見る方が正しい。つまるところ、「ホスト通い」のペースだ。




















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