「不安は当たり前」「痛みは成長痛」決断が怖い人へ——迷いを減らす"自創思考"のシンプルな技術
そんな時、私は「どれが正しいのだろう?」とは思いません。「全部正解」と思っています。そして、そのスタンスが私に寛容性をくれ、毎日とても生きやすく感じています。
例えば「意思決定は直感で」に対して「意思決定は緻密な計画のうえで」と言う方もいます。「自分の美学やこだわりをもて!」に対して「こだわりなんていらない! 柔軟性こそが成功の秘訣!」という意見もあります。
どっちが正解かと問われたら、どっちも正解なんです。大事なのはどちらが正解かを考えることではなく、その時の自分がどちらを選択したら嬉しいか、幸せか、周囲との調和を生み出すかを考えて自分で選択することです。
私が大尊敬するある方も、これを「ORではなくAND」「正誤より美醜」という表現で大切にされています。どっちが正解かを考え始めると苦しいし、私たちは正解不正解のない世界を生きています。誰も正解なんてもっていないし、自分で決めるしかないんです。自分が何を採用するかだけの話。
だから、自分で決めたことを正解にしていくこと、これがいちばん大事。どっちが正しいかより、どっちが楽しいか、どっちが心躍るか、どっちが美しいかで選ぶ。私はそれを大切にしています。ちなみに戦争も、「どっちが正しいか」で考えるから起きるのだと私は思います。
自己責任と自創思考
不安が大きい時ほど、誰かに正解を求めたくなるものだけれど、人に委ねず自分で選択してみることを重ねていくと、「自分の人生は自分で創っている」という感覚が大きくなり、それが自信になっていきます。私はこれを「自創思考」と呼んでいて、人生哲学にしています。
生きていれば誰でも、日々大小さまざまな決断を迫られます。日々の食事や着るものにはじまり、進路、転職、結婚、離婚……。自由に選べる状態は嬉しいことですが、決断には覚悟とパワーが必要です。
私自身、13年半続けた放送局での会社員生活を手放す時、とても怖くて、決断を先延ばしにしていた時期がありました。
これまで頑張って手に入れたもの、慣れ親しんだ場所を手放す怖さ。世間一般に言われている「安定」という価値を手放すのはわがままなのではないか、贅沢なのではないか、という想い。何の保証もないものに向かう不安な気持ち。
辞める決断ができず、「誰かに決めてほしい」という気持ちが出てくるような、面白い状態でした。自分で決めたことは、自分で責任を取る必要があります。誰かに決めてもらったら、自分で決めた事ではないので、責任を取らずにすむ。だから、誰かに正解を言ってほしいと思うのでしょう。





















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