「"立ち入り禁止"の空き区画だらけ」「上層階は市役所やハロワに」…アクアラインの先にある「千葉の廃墟モール」苦戦の要因

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テナント誘致は、商業ビルの企画・管理などを手掛ける日本総合企画が担当した。オープン当初は自治体主導のリノベーション成功事例として話題を呼んだが、繁栄は長くは続かなかった。核テナントだったスーパーのマルエイが撤退し、運営管理をしていた日本総合企画は09年に経営破綻した。市は「アクア木更津」を別会社へ売却した。

12年に木更津金田インターチェンジ近くに、国内最大級のアウトレット「三井アウトレットパーク 木更津」や「カインズ 木更津金田店」がオープン。このとき、「アクア木更津」の半数ほどが空き区画となっていた。13年には、マルエイの後に出店していた生鮮食品売り場も閉店した。

さらに14年、木更津駅から車で約10分の場所に「イオンモール木更津」がオープンした。

「アクア木更津」 は15年に木更津市役所の仮庁舎が入居し、名称が「スパークルシティ木更津」に変わった。現在の「スパークルシティ木更津」には、かつての木更津そごうやスーパーマルエイの跡が浮かび上がっている。

スパークルシティ木更津の塔屋
塔屋に「SOGO」と「マルエイ」の文字が薄く見える(筆者撮影)

廃墟化の7つの要因

冒頭にて、廃墟モールの誕生には7つの要因があると書いた。具体的には以下の7つだ。

①競合施設の存在、②モータリゼーションの進展、③アクセスの悪さ、④動線の設計ミス、⑤施設規模の不適合、⑥運営会社の破綻、⑦核テナントの撤退

「スパークルシティ木更津」が当てはまるのは、①競合施設の存在、②モータリゼーションの進展、⑥運営会社の破綻、⑦核テナントの撤退である。

続く後編では、同様にそごうを失って廃墟化した事例を取り上げ、より詳しい背景を探っていく。

坪川 うた ライター・ショッピングセンター偏愛家

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つぼかわ・うた / Uta Tsubokawa

ショッピングセンター偏愛家・ライター。新卒で大型SCデベロッパーに就職。小型SCデベロッパーへの転職を経て、フリーランスに。国内外で500以上の商業施設を視察済み。宅建・FP2級。熊本大学卒。

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