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森永卓郎「ガン宣告」を受けて最初にしたこと 最期まで実践した「自己表現と幸福な人生」

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  • 森永 卓郎 経済アナリスト、獨協大学経済学部教授
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だから、確実に存在する現世をいかに幸福に生きるかということを最重視すべきというのが、私の考えなのだ。

自己表現の欲求は誰にでもある

それでは、幸福な人生というのは、一体何だろうか。

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人によって違うかもしれないが、私にとって幸福な人生とは、自由に生きることのできる人生だと思う。

生活を維持するためにやりたくもない仕事を続けたり、言いたいことを我慢したり、ウソをつかないといけないといった人生は不幸だ。自分のやりたいことをやりたいようにできる人生が一番幸せだ。

やりたいことというのは自己表現だから、具体的に何がそれに該当するのかは人によって異なる。

私にとって幸福に直結しているのは、童話や寓話を含めて書きたいものを書いていくこと、私設博物館のB宝館を中心にコレクションを拡充、整理、展示すること、歌手として多くの人前で歌うこと、ラジオや雑誌などで自分なりの論評を世に問うこと、畑で野菜などを育て収穫すること、若者たちに自分の人生から得られた教訓を伝えることなどだ。

もちろん、旅行に出かけたり、おいしいものを食べたりしたら、そこそこの幸福は得られる。だが、それらと比べて自己表現の喜びはケタ違いに大きい。

実際、私がガン宣告を受けて最初に取りかかったのは、書きかけだった書籍を完成させることだった。

「自分には、そうした自己表現したいという欲がない」と思う人は、多いかもしれない。

しかし、本当に自己表現のニーズはないのだろうか。

私は、自己表現の欲求は誰にでもあると考えている。

それを明確に意識できないのは、普段の暮らしがあまりに厳しいため、そこまで考えが及ばないからではないだろうか。

だから、自分がやりたい表現が思いつかない人は、まず、それが何かを追求することから始める必要がある。

それが「モリタク教」の第一の教義なのだ。

モリタク教授のここがポイント
あの世も神も仏も存在しない
確実に存在する現世において、いかに幸福に生きるかを最重視すべき
幸福な人生とは自由に生きることができる人生である
生活のためにやりたくもないことをするのは不幸な人生である
自分のやりたいことがない人は、それが何かを追求することから始めよう

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