三井物産が提案する「従業員体験」の中身は オフィスからスポーツ施設まで幅広く支援

ホスピタリティ事業部長の小野川貴氏は、三井物産の人的資本領域における挑戦のルーツを次のように明かす。

ホスピタリティ事業部長
小野川 貴 氏
「きっかけは、1976年の三井物産新社屋の竣工です。社員食堂も、当社の社員のやる気を引き出す、これまで日本になかったようなものにしようと、米国でフードサービスを展開するアラマークと合弁で事業を立ち上げました。自社の社員食堂がうまくいけば、それをプロトタイプとしてお客様にも展開するつもりでした。これが給食事業の発端です」
このとき設立された給食事業会社がエームサービスだ。フードサービスの提供先は、オフィスや工場の社員食堂だけではない。病院や学校、スポーツ&エンターテインメント施設など、さまざまな場に展開。例えばプロ野球・広島東洋カープの本拠地であるマツダスタジアムで提供される名物メニューも、エームサービスの企画開発・調理によるものだ。

給食事業が拡大する過程でエームサービスのスタッフが着る調理服のクリーニング需要が高まり、88年にはユニフォームレンタル事業のアラテックスジャパン(後のアラマークユニフォームサービスジャパン)をアラマークと合弁で設立。三井物産のホスピタリティ事業は、この2社を中心に成長してきた。
その後、今や半世紀近くにわたり同事業拡大を続けている三井物産だが、近年になって、発足以来の大きな転機が2つあった。その1つは、新社屋への移転だった。
「三井物産は2020年5月の本社移転の際、『多様な個が集まり、偶発的な出会いや自発的なコラボレーションを通じて、新たな挑戦と創造を生み出す』というありたい姿に根差したオフィスづくりを推進しました。このとき、社員が来たくなる場にするには、食事の提供だけではなく、社員の視点に立って従業員体験を企画・運営することが重要だと考えました」 (小野川氏)

一例は"キャンプ"と呼ばれるコミュニケーションエリアだ。あえて通常の執務エリアの座席数を削り、フロア中央を貫く上下階段付近に各フロア3分の1ほどの面積を確保。その中央に配置したコーヒーマシンは、社員同士のコミュニケーションを促すために、抽出時間を45秒と長めに設定して意図的に待ち時間を発生させるといった工夫もしている。
「スポーツ&エンターテインメント施設などの場においては、かねてより顧客体験(カスタマーエクスペリエンス:CX)を重視した企画・運営を行ってきました。今後、企業が従業員を顧客と捉えてエンゲージメント向上に取り組む市場環境においては、従業員体験の向上に寄与するサービスの経験と実績が新たな競争力になると考えています」 (小野川氏)
合弁事業を発展的解消で完全子会社化
もう1つの変化として23年4月、三井物産はエームサービスを100%子会社化し大きな一歩を踏み出した。さらに24年9月、アラマークユニフォームサービスジャパンについても100%株式取得を発表したのだ。その狙いを、三井物産から出向しているエームサービス代表取締役社長の小谷周氏はこう明かす。

代表取締役社長
小谷 周 氏
「エームサービスは集団給食や大量調理のノウハウをアラマークから吸収して成長しました。現在もその知見が重要です。ただ、人的資本経営が重視され、従業員体験向上のニーズが高まってくると単一メニューを効率的に広く供給するだけではニーズを満たせなくなります。お客様の従業員には、カツ丼を食べたい方もいれば、サラダを好む方もいます。個社や個人に合わせてきめ細かく提供するには、従来とやり方を変える必要がありました」
食の豊かさが従業員体験を左右するのはわかる。一方、ユニフォームレンタルはどうか。25年1月にアラマークユニフォームサービスジャパンから社名変更したウェアラの代表取締役社長林達宏氏は次のように語る。

代表取締役社長
林 達宏 氏
「実はユニフォームを自分で洗濯している方は少なくありません。帰宅後、油汚れなどを落とすために手間や時間をかけて洗濯するのは、従業員体験向上の観点では、その妨げとなることが懸念されます」
サービスを画一的に提供するだけでないのは、ユニフォームレンタルも同じだ。林氏は、おもてなしの精神を発揮したケースを教えてくれた。
「担当者がお客様からユニフォームを回収し、洗濯する際に、よく破れる箇所に気づきました。それを指摘したことで、お客様が『作業工程の見直しや事故防止につながった』と、大変喜んでくださいました」
効率偏重でサービスを提供すると、多様なニーズや小さな変化に気づかないおそれがある。一連の株式取得は、自分たちが提供しているのは従業員体験向上につながるホスピタリティサービスだという三井物産の意思表示でもあったのだ。

右 : おもてなしの精神とともに、こまやかなサービスを提供
3社のシナジーでグローバル展開を視野に
2社のサービスはそれぞれに従業員体験向上に貢献しているが、注目したいのは100%子会社化による3社のシナジーだろう。
「われわれは毎日違うメニューを1日140万食提供しています。このデータを活用すれば、メニューが出社率や離職率などに与える影響も見えてくる。三井物産のデジタルドリブン経営に大いに期待しています」(小谷氏)
「ユニフォームレンタルが従業員満足を高め、離職低減や採用増加につなげられることを三井物産のネットワークを通じて、企業経営層に訴求し、大きな潜在市場を開拓したい」(林氏)
シナジーが目に見える形で表れるのはこれからだが、三井物産は早くもその先を見据えている。小野川氏は今後の戦略について最後にこう明かしてくれた。
「お客様の人的資本経営を支援するサービスは、ほかにもいろいろ考えられます。例えば食堂やコミュニケーションスペースを含めた空間デザインや、リスキリングに関するサービスにも可能性を感じています。欧米のホスピタリティサービス市場は大きく、アジアもこれから市場が拡大していきます。これまでは国内が中心でしたが、機械化やデジタル化でサービス提供能力を拡張し、世界に打って出たいですね」