動物性タンパク質で目指す世界の「健康」 三井物産が構築するサステナブルな供給網

食には3つの消費段階があるとされる。生きるために最低限必要な「生存消費」、健康に暮らすための「欲求消費」、嗜好性の高い「高度化消費」だ。動物性タンパク質は主に2段階目の「欲求消費」で消費が拡大し、健康かつ豊かな生活には欠かせないものだが、必ずしも安定供給が約束されているわけではない。執行役員食料本部長の佐野豊氏は、動物性タンパク質をめぐる状況を次のように解説する。

執行役員食料本部長
佐野 豊 氏
「欲求消費は、国民1人当たりGDPが2500ドルを超えると伸びていきます。南西アジアや中東アフリカなどは所得がその水準を超え始めており、今後動物性タンパク質の需要は急速に拡大するでしょう。健康な暮らしを求める人々に動物性タンパク質をいかに安定供給するか。それが世界的な課題であり、私たちが果たすべき役割だと考えています」
動物性タンパク質を含む食料にはさまざまな種類がある。近年、三井物産がとくに注力している食料が鶏とエビだ。
「鶏は40~50日、エビは2~3カ月と育成期間が短く、飼料効率も高いため、牛や豚と比べて早く効率よく供給できます。環境負荷が低く、宗教的な制約が少ないことも、世界中の人々に安価に安定供給するという点で適した食料です」
日本の養鶏技術を移植して生産性向上へ
三井物産は具体的にどのような供給網を築こうとしているのか。

畜産第一事業室長
松田 直浩 氏
まずは鶏だ。三井物産は2018年にモロッコの大手ブロイラー事業者、ザラール・ホールディングに出資して、生産性の向上に貢献。その実績が評価されて、23年11月にはエジプトの大手ブロイラー事業者、ワディ・ポルトリー(以下、ワディ)への出資を決定。さらに24年3月には、リテールに強いインド大手ブロイラー事業者、スネハ・ファームズへの出資参画を決めている。食料本部畜産事業部畜産第一事業室長の松田直浩氏は、相次ぐ出資の狙いを次のように明かす。
「世界の鶏肉年間消費量は約1億3000万トンで、今後10年で1億5400万トンに増えると見込まれています。インドとエジプトは、増加分のうちの約7分の1を占める成長市場です。現地のブロイラー事業者はグローバル化や生産性向上に課題があり、それを解決する知見を持ったパートナーを探していました。安定供給のためにそれぞれの地域でパートナーシップを築きたいと考えていた当社と思惑が合致し、協議を重ね出資合意に至りました」

供給強化に向けた生産性向上への取り組みは着実に進んでいる。三井物産は長年、子会社のプライフーズ(青森県八戸市)を中心に鶏肉の一貫生産体制を構築してきた。同社の技術者が出資先企業を訪れたり、逆に出資先の技術者が同社の事業所で養鶏技術を学んだりするなどして日本の技術を移植。その結果、モロッコではフィード・コンバージョン・レシオ(1キロの肉を生産するのにどれくらいの飼料が必要か)が20~30%改善するなど、生産効率が向上した。
「さすが技術者同士。言葉の壁があっても、データを見ながらやり取りすると学び合えるものがあるのでしょう。ワディの技術者は帰国後、日本で得たものを農場の改善に生かしています」
エビ産業のトップティア企業とパートナーシップ
地産地消の供給網を構築する鶏と違って、エビは国際分業が進んでいる。三井物産は19年に世界大手のエビ加工会社であるベトナムのミンフー(以下、MP)に出資した。MPが加工したエビは、米国や日本など世界50カ国に輸出されている。
養殖はアジアが中心だったが、近年頭角を現した国がある。食料本部水産事業部水産第二事業室長の石本洋晃氏はこう解説する。

水産第二事業室長
石本 洋晃 氏
「ベトナムやインドをはじめとするアジア各国は今でもエビ養殖が盛んです。ただ、労働集約的な小規模業者が多く、必ずしも生産性は高くありません。それに対してバナメイ種の大規模養殖で伸びてきたのがエクアドルです。三井物産は23年に、世界大手の養殖業者であるエクアドルのインダストリアル・ペスケラ・サンタ・プリシラ(以下、IPSP)へ出資。同社の養殖池は2万1000ヘクタールと東京ドーム約4491個分に当たる広さで、効率もよい」
実はIPSPへの出資は多くのプレーヤーが狙っていた。三井物産も早くからアプローチ。じっくり6年かけて信頼関係を築いたことで出資が決まった。養殖と加工のトップティア企業に出資したことで三井物産はエビ産業の重要なプレーヤーに躍り出ている。

三井物産のネットワークで広がる可能性
各地のプレーヤーが三井物産の出資を受け入れた事情はさまざまだが、佐野氏は「背景には三井物産のバリューアップがある」と言う。
「出資先が求めていたのはファイナンシャルなパートナーではなく、自社の価値を高めてくれるパートナーでした。私たちは『Wellness Ecosystem Creation』の下、動物性タンパク質に関連するさまざまな事業を展開しており、グループ外でも広いネットワークを持っています。そこで連携を期待された部分も大きかった」
例えば三井物産はオランダの畜水産種苗企業、ヘンドリックス・ジェネティクスに出資しており、耐病性などに優れた種苗を提供できる。また、飼料メーカーのフィード・ワン(横浜市西区)は三井物産の持ち分法適用関連会社で、飼料配合についての高レベルの知見を持っている。こうした広いバリューチェーンの中でつながりに期待を寄せられたのだ。
エコシステムは畜水産バリューチェーンに限らない。現状、鶏の非可食部位はモロッコ等では捨てられているが、日本や欧州の一部では飼料他に再利用する技術が進んでいる。その技術の導入とその過程で発生する油脂を発電の燃料やSAF(持続可能な航空燃料)に再利用する取り組みの検討も始まっているという。社内にエネルギー部門を持つ総合商社ならではの展開だ。
鶏とエビは事業としてこれから結果が出るところだが、すでに次のステップも視野に入れている。佐野氏は今後の展望を次のように明かしてくれた。
「鶏はほかの国でも事業進出機会を模索しています。エビは世界トップレベルの養殖会社と加工会社が仲間に加わって供給力は十分。引き続き生産性・商品力を伸ばす努力を継続しつつ、次は消費を伸ばす取り組みが必要です。どちらにしても事業を伸ばすことが世界の人々に動物性タンパク質を届けることに直結します。タンパク質戦略をしっかり軌道に乗せて、人々の健康な暮らしに寄与していきます」
