アジアの医療の課題解決の秘策は「漢方」にあり? 産業横断的な取り組みでウェルネスを実現

三井物産は2023年5月に中期経営計画2026「Creating Sustainable Futures」を発表している。今中経では、複雑に連動する社会課題に対し、サステイナビリティーの視点に立って「現実解」を提供することで、ミッション「世界中の未来をつくる」の実現を目指す。
中経で示した3つの攻め筋の1つが、WEC(Wellness Ecosystem Creation)だ。代表取締役社長CEOの堀健一氏は次のように語る。

代表取締役社長CEO
堀 健一 氏
「ウェルビーイングは病気の治療のみならず、未病・予防、心身の健康、さらにそのための食にまで広がりを見せています。わが社は独自の事業群を持っています。それらを活用して多様化するライフスタイルに合わせた食・健康・医療を提供し、世界中の人々の生涯にわたる豊かな暮らしの実現に貢献したい。それがWECの狙いです」
実際、三井物産の事業群は幅広い。WECに関連するところでは、「ヘルスケア」「タンパク質」「ウェルネス」「フードサービス」「農業化学」などがある。注目したいのは、各事業がまさにエコシステムとして有機的につながり展(ひろ)がっている点だ。
「わが社は本部間の垣根がなく、海外組織の目線も掛け合わせたマトリックス経営を重視しています。各事業の機能や強みをグローバルに融合させることで、付加価値を高めていきます」
漢方ビジネスは食品事業から始まった
WECの取り組みの中で今回紹介するのは、ヘルスケアバリューチェーンの1つである漢方の製造販売だ。
三井物産は22年、シンガポールに本社を置く漢方製造販売企業ユーヤンサン(以下、EYS)に単独で出資。24年4月にロート製薬と組んで再出資している。

商社が医薬品ビジネスを手がけることについて意外に思う人がいるかもしれない。しかし、三井物産は以前から原薬(医薬品の有効成分)や中間体(原薬の製造に必要な原料)など、製薬に必要な化学品の物流で存在感を示してきた。
近年製薬業界では原薬製造の外部委託が主流となる中、三井物産は品質のよい原薬・中間体を安定的に供給できる製造委託先を製薬会社につなぐなど、医薬品のサプライチェーンで大きな役割を果たしてきた。今回、ロート製薬と共に行ったEYSへの出資も、医薬品の物流で築いてきたパートナーシップが生かされている。
興味深いのは、今回の発端が「食」にあったことだろう。三井物産には、食品関連の機能性素材および添加物の物流を手がけるニュートリション・アグリカルチャー本部がある。
食品には3つの基本的機能――栄養機能(1次機能)、感覚・嗜好機能(2次機能)、生体調節機能(3次機能)があるが、科学的に裏付けされた2次・3次機能を有する領域をフードサイエンスとして定義づけて強化。低カロリー食品によく使われている甘味料や健康食品原料など、2次・3次機能に特徴を持つ製品を扱い、健康食品やサプリメントなどの製造プロセスに寄与してきた。
なぜこうしたビジネスが漢方に発展していったのか。ニュートリション・アグリカルチャー本部に在籍し、現在はEYSに出向中の岡島文子氏は経緯を次のように明かす。

ニュートリション・アグリカルチャー本部
岡島 文子 氏
「未開拓分野を模索する中で、食品の3次機能を中心に、“未病・予防”に資する領域に取り組むことになりました」
具体的な取り組みとして、18年に米国のサプリメント会社に出資。血液検査の結果に合わせてサプリを提供する「個別化提案」など、新しい試みで事業を伸ばしていった。
その勢いに乗ってアジアにも展開したが、アジアでは地場に根付いたブランド力がものを言う。米国で得た未病分野の経験を生かすには、地場の企業と組んだほうが早いと判断した。さまざまパートナー候補を検討する中で出合ったのがEYSだった。
「漢方医が問診したうえで処方する漢方は、まさに私たちが目指す個別化提案に近いものでした。また、EYS製品は漢方薬・サプリメント・食品と裾野が広く、シンガポール、マレーシア、香港各国で強固なブランド力を有することでも期待大でした」
アジアでニーズが高まる漢方
三井物産は18年に、アジア10カ国で展開する民間病院グループIHHに追加投資して筆頭株主になっている。今回のEYSへの出資は、アジアにおけるWECの展開を補完する重要な一手になる。
では、アジアの医療が抱える課題はどのように変化しつつあるのか。
「生活が豊かになって平均寿命が延びる中で、生活習慣病が増加してきました。一方、日本のような広範囲にカバーされる国民皆保険制度がない国では、治療は民間保険でカバーします。しかし民間保険も万能ではなく、かつ医療費抑制の観点から、病気にかかる前にセルフケアをする“未病・予防”のニーズが高まっています」
日本では漢方が必ずしもセルフケアのファーストチョイスになっているわけではないが、華人コミュニティーでは漢方が生活に溶け込んでいるという。
「例えば鶏を丸ごと使って抽出したチキンエッセンスはアミノ酸の塊で、受験勉強で睡眠不足になりがちなときに親が子に飲ませたりします」

一方でなじみのない層に利用してもらうには、医学的な裏付けが欠かせない。
「複数の生薬で構成される多成分系の漢方は、メカニズムの解明が難しかったことは事実です。しかし、10年以降は漢方の臨床試験が急増。18年にはWHOの『国際疾病分類』に収載されるなど、東洋医学が科学的に機能することは世界でも認められつつあります」
商社の強みを生かして統合医療を推進
この流れの先にあるのが、西洋医学と東洋医学の強みを融合させた「統合医療」だ。
三井物産は民間病院グループIHHに出資しているが、一部の病院内に漢方医が問診後にEYS製品を処方する漢方センターを開設するなど連携を進めている。

「患者さんに統合医療を提供するには、まず医療従事者に漢方への理解を浸透させなくてはいけません。病院内で医療従事者向けの勉強会を開くなど地道に活動しています」
フードサイエンス事業を起点として始まった漢方ビジネスと、へルスケア事業の病院経営との連携で目指す統合医療は、まさに産業横断的に価値を生み出すWECの好例だ。
「社外とも広く協業しながら漢方を展開して、アジアをはじめ世界の皆さんのウェルネスに引き続き貢献していきたいですね」