財政社会学者の井手英策さんは、ラ・サール高校→東京大学→東大大学院→慶應義塾大学教授と、絵に描いたようなエリート街道を進んできました。が、その歩みは決して順風満帆だったわけではありません。
貧しい母子家庭に生まれ、母と叔母に育てられた井手さん。勉強机は母が経営するスナックのカウンターでした。井手さんを大学、大学院に行かせるために母と叔母は大きな借金を抱え、その返済をめぐって井手さんは反社会的勢力に連れ去られたこともあります。それらの経験が、井手さんが提唱し、政治の世界で話題になっている「ベーシックサービス」の原点となっています。
勤勉に働き、倹約、貯蓄を行うことで将来の不安に備えるという「自己責任」論がはびこる日本。ただ、「自己責任で生きていくための前提条件である経済成長、所得の増大が困難になり、自己責任の美徳が社会に深刻な分断を生み出し、生きづらい社会を生み出している」と井手さんは指摘します。
「引き裂かれた社会」を変えていくために大事な視点を、井手さんが日常での気づき、実体験をまじえながらつづる連載「Lens―何かにモヤモヤしている人たちへ―」(毎週日曜日配信)。第5回のテーマは「公平とは何か?」です。
丸焼けになった実家で奇跡的に残っていた手紙
第2回(『脳出血で倒れた30代男性、自ら死を願った驚愕理由』)で、私の母と叔母が火事で亡くなった、という話をした。
そう。2019年5月、私の実家は火事で丸焼けになった。悲しいことに、思い出・記録のほとんどが消えてなくなったが、奇跡的に焼け残った袋のなかに、1通の手紙があった。
それは、幼稚園の先生が母にあてた手紙だった。
当時、母はまだ働いておらず、わが家の収入源は叔母だった。朝から晩まで働き通しで得た収入から、なけなしのお金をはたいて、私はバイオリン教室に通わせてもらっていた。
母は発表会の写真を先生に渡したようで、手紙にはこう書いてあった。
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