偏差値25から大学受験、不登校の僕が選択した道 中1の5月から不登校になって学んできたこと

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不登校中、居場所はゲームの世界だったという高橋さん。今ではeスポーツを利用した不登校支援の事業を始めた(写真:不登校新聞)
中1で不登校し、偏差値25から大学受験に成功した高橋翼(19歳)さん。そんな高橋さんにとっての心のよりどころは「ゲーム」でした。eスポーツに魅了され、選手を経験し、今ではeスポーツを利用した不登校支援の事業を始めた高橋さんに、お話を聞きました(※写真は高橋翼さん)。

先生に対する不信感から嫌気がさしてしまった

――不登校になったのはいつごろからですか?

中学校に入学してすぐの5月でした。僕が入った学校は、野球が強くて有名な中高一貫校でした。野球が大好きだった僕は、小学生のときからその学校にあこがれていたんです。野球部のルールや先輩後輩関係などはかなりきびしくて、「正直つらいな」とも思っていたのですが、念願かなって入学できたのだから、がんばろうと思っていました。しかし、担任の先生との関係がきっかけで、学校へ行けなくなりました。

当記事は不登校新聞の提供記事です

あるとき友だちとふざけていたんですが、だんだんエスカレートしてしまって、殴られたんです。それを後ろで見ていた先生から、「あなたが先に手を出した」と言われて、僕もその子も停部になって部活に出られなくなってしまったんですね。

あこがれの野球部に入れたのに、野球ができなくなってしまいました。「暴力じゃないんです」と先生に言ったのですが、わかってもらえませんでした。反省文を書かないと部活に出られない、というので、本当は悪いと思ってはいなかったのですが、しょうがないので反省文を書きました。

同時期に、僕は別の子からもよく手を出されていました。こちらも暴力やいじめではなく、コミュニケーションの一種だったとは思いますが、僕はそれが本当に嫌だったんですね。先生に「自分はやってもいない暴力で停部になった。だけどあの子は僕に暴力を振るっているのになぜ停部にならないんだ」とずっと伝えていたんでが、なかなか理解してもらえませんでした。こうした先生に対する不信感から嫌気がさしてしまって。それが学校へ行かなくなったきっかけです。

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