「東京ほど雪に脆弱な都市はないですよ。ちょっと降っただけで交通マヒですから。日本の首都としてまずくないですか」
年に何度かは都心にも雪が積もる。立ち往生して、駅で長い列を作っている人たちの様子が報じられる。そのたびに都市としての脆弱性が指摘される。
だが、本当に東京は雪に弱い街なのだろうか? 交通に障害が発生するので強いとはいえないが、私は脆弱だとまでは思わない。
海外で経験した大渋滞
「すごい渋滞だね」
「はい。国民の4割以上がこの街に住んでいますから」
「国民の半分近くがここに?」
「はい。それで、ほとんどの人が車に乗るので大変です」
「そりゃ、渋滞するな。街の人口は?」
「約140万人です」
「えっ、たった?」
これは、モンゴルの首都ウランバートルで地元の青年と会話していたときのやり取りである。
国土が日本の4倍もある、モンゴル国の人口は、わずか300万人である。その半分近くがウランバートルに集中しており、人口過密で異常な交通渋滞が常態的に発生するという。
それに比べて東京は、900万人以上の人口もさることながら、特徴は近傍の千葉、埼玉、神奈川から東京23区に大量の人間が移動することである。昼間人口は1500万人を超えるという。
通勤ラッシュの混雑は尋常ではない。たまたまその時間帯に池袋で乗り換えたことがあるが、ふだん電車通勤というものをしない私には信じがたい光景が繰り広げられていた。ひっきりなしに到着する西武池袋線、東武東上線の電車からはダムが決壊したかのように人が降りてくる。その群れが一定の流れに沿って、山手線、丸ノ内線、有楽町線に吸い込まれていく。駅の構外にあふれ出た人は、次から次へと来るバスによってどこかに運び出される。それが1時間もすると急に人の数が減る。物の見事にさばかれていたのである。
毎日通勤している人には何を今更という話だろうが、私は常軌を逸した人の数に驚いたし、同時に感心し、誇らしくも思った。
大量の人をさばく交通システムと、その中で暗黙のルールを形成し、一度も会話をしたことのない者同士がきれいに列を作って移動する。それが分離し、合体し、時には交差し、それぞれの目指している場所へ向かっていく。驚異の秩序ではないか。
確かに雪が降ったくらいで、と思うこともある。順調に事が進まないと、そこに目が行き、不平不満を感じる。だからこそ、不具合が改善され、より完成度の高い街に向かっていく。
何でも日本はスゴイ、日本バンザイとする風潮を私は好まない。だが、この朝夕のラッシュにおける人の動きは、むしろ誇るべきなのではないだろうか。少なくともウランバートルの人が見たら、混乱の少なさに感心するはずだ。
部下や後輩はもとより、上司や自分も日常生活を当然のように維持していること自体、すごいことで感謝すべきなのだ。なぜなら当たり前のことが当たり前になされることへの感謝こそが、より高い完成度を目指す原動力だからである。




















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