1972年、電撃的なニクソン米大統領訪中の後を受けて、田中角栄首相が訪中、日中共同声明を発して国交が正常化されてから、今年で45年になる。行事は多くあるようだが、周囲の中国関係者からこの話が出ることは少ない。
40周年の折は、ちょうど尖閣諸島国有化、反日暴動などで周年行事どころではなく、最悪の日中関係といわれた。それから5年、前回と比べれば関係はかなり好転しており、もっと盛り上がってもよいと思うのだが、日中にはいったいどんな変化があったのだろうか。
政治的には強権的な習近平政権の登場と、意外な安倍晋三長期政権という構図が見えてくる。習近平が総書記に就任した頃、中国が非難していたのは「日本」よりも、「安倍」という個人だったと思う。おそらく、第1次安倍政権と同様、短命であると踏んで、政権交代後に関係改善を図る意図があったと、ある専門家は話していた。意外な安倍首相の長期政権は中国にとって誤算であり、日中関係の進展を遅らせた要因との見方もある。
経済面を見ると、2010年に日中のGDP(国内総生産)は逆転した。12年は中国が日本の1.3倍程度だったのに対して、16年には2.2倍以上と大きく差が開いてきている。この経済力の差が、特にアジアへの影響力などにおいて日本側を萎縮させ、警戒感を強めさせているように見える。
日本人の訪中は激減
当時との大きな変化は中国人が大量に日本へやってきていることだ。その訪日の最大の効果はこれまで限られた情報の中でしか知らなかった日本を、中国人がじかに知ることになったことではなかろうか。反対に観光などで中国を訪問する日本人は激減し、一般の日本人はどんどん中国がわからなくなってしまった。これは危険なシグナルだ。
習政権は中国国内でのグーグルやフェイスブックへのアクセスを制限し、われわれ外国人も中国を旅すると不便を感じることが増えている。それは外国人排除というより自国民への統制強化の結果であるが、同時に経済の拡大により内需で稼ぐほうが効率的との判断から、以前ほど外国人を重視していないともいえる。
驚くほど発達した高速鉄道や高速道路などの交通網、恐ろしく簡便な電子決済の導入などによる中国人の生活向上ぶりは、中国に行っていない日本人にいくら説明しても実感されない。アジア各国は中国のいいところを学び、次々進化しているのに、日本は相手を非難するだけで取り残されていくのは残念でならない。
何より、非難するにしても相手の状況を十分に把握してからしたいものである。正常な状態とは、政府だけでなく一般人も相互に行き来して、相手の状況を理解することから始まるのではないかと思う。(東えびす)






















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