東日本大震災から4年を迎えるに当たって、大震災への政策対応をいま一度振り返ってみたい。あまり認識されてこなかったことであるが、5年以上にわたる復興事業の規模と内容の大枠は震災後の極めて短期間に決定された。
内閣府は2011年3月23日に、震災によるストック毀損総額(原発事故起因を除く)を少なくとも16兆円と推計した。特に、非住宅を含む建物ストック毀損額が11兆円と7割弱を占め、阪神・淡路大震災の6.3兆円を大きく上回った。同推計では、建物ストック毀損額が最悪20兆円にまで膨らむ可能性も示された。
ストック毀損総額16兆円という内閣府推計には、当初から過大推計という批判があった。しかし、津波による人的被害の甚大さと津波被災の映像的なイメージに圧倒され、「最低でも16兆円」が、政策当局者を含め人々の間で参照点となった。
復興予算の規模は内閣府推計を基軸に決定されたといってよい。阪神・淡路大震災はストック毀損総額10兆円弱に対して、復興予算総額が5年間で10兆円であったので、東日本大震災の復興予算も「少なくとも5年間で16兆円」という合意が自然と形成された。結局、11年7月末に正式決定された復興予算規模は、5年間で19兆円となった。
復興事業の内容も、津波による人的被害の甚大さに加えて、内閣府の建物被害推計の膨大さを踏まえ、沿岸部の徹底的な護岸や、内陸や高台への居住地移転などの大規模土木事業が中心となった。
国土交通省は発災3カ月後から着手した津波被災市街地復興手法検討調査のデータを、電子地図情報として12年夏ごろから公開した。その調査データには詳細な建物被害情報も含まれている。私たちがそのデータを用いて推計したところ、国交省調査のカバレッジが若干小さかったことを考慮に入れても、建物ストック毀損規模は約4兆円と、「少なくとも11兆円、多ければ20兆円」という内閣府推計を大きく下回った。
内閣府の建物ストック毀損額が過大推計になったのは、1.内陸部の建物被害が限定的であったこと、2.津波被災市町村においてさえも、津波浸水地域の割合が決して高くなかったこと、3.住家の全壊規模は阪神・淡路大震災と大きく変わらなかったこと、などが見落とされていたからである。
しかし、消防庁などが発災後から公表してきた被害報や、国土地理院が発災直後に実施した航空写真による調査などからでも、少なくとも11年4月末時点では大勢が的確に把握できた。したがって、発災12日後に内閣府が推計を公表したこと自体が拙速であり、その公表後にも修正する機会はいくらでもあった。
いくつもの教訓があるように思う。政策担当者は現場から上がってくる数字に真摯に向き合っていなかった。それらの数字を分析するのに高度な統計学など必要がなく、健全な常識があれば十分であった。
常識的な、冷静な分析が非難されるほどに、復興予算の政策決定の舞台裏では、とてつもなく大きな政治力学が働いたのであろう。発災直後の国会公聴会では、「3年間で100兆円」という数字さえ挙がった。
しかし政府の推計作業が客観的事実から目を背け、政治的な駆け引きに目を配ったのは国民にとって残念なことであった。






















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