スポーツ報道の「見どころ至上主義」は限界だ 日本のスポーツジャーナリズムの不可解さ

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『Newsweek日本版』に移る前、スポーツ雑誌で記者をしていたとき、アメリカのNFLチームのキャンプ取材で「ドラフト1位指名の選手と最下位指名の選手をセットで記事にしろ」と指示されたことがあった。エリートで先発出場も約束された1位指名選手と、契約カットに怯えながらポジション争いに躍起になる最下位指名選手のコントラストに焦点を当てることで、プロの厳しさを描くとともに、一握りのスターにとどまらない多様な選手像とその魅力を伝えるという趣向だ。

こうしたやり方なら、ミーハー的な興味を引きつつ、競技の奥深いレベルにも触れてもらうことができる。

テレビでも「NHKスペシャル」や民放の一部のドキュメンタリー番組では、CGを駆使して戦術に絞ってゲームを解析したり、複数のインタビューから多角的に真相を探ったり、アスリートの肉体や動きを科学的に分析することでプレーの超越性を解き明かしたり、コーチやスタッフなど裏方の働きに目を向けるといった取り組みがされている。そのように、文字メディアにはない視覚的な要素をもっと活用することで、選手の妻や親に苦労話を語らせる無用に情緒的な浪花節的な取り上げ方ではない、選手と競技そのものの魅力によって持続的なファンを開拓する方法があるはずだ。

「ブームではなく文化になっていけるように」

今年、サッカーの女子ワールドカップで準優勝した日本代表のキャプテン、宮間あや選手が「(なでしこジャパンへの注目が)ブームではなく文化になっていけるように」と語ったことが話題になった。帰国後の会見で「どうすれば文化になると思うか」と問われた彼女は、2011年のW杯優勝後も国内リーグの観客数は減ってしまっていること、大きな大会ごとに注目度は高まるが、結果を出さないとファンやマスコミがまたすぐ離れてしまうという不安を常に抱えていることを説明し、そうした不安がなくなったときに文化になったと言えるのでは、と述べた。

ブームではなく文化になるとは、まさにスポーツとファンの循環が定着することであり、宮間選手の問題提起は「そのためにメディアは何ができるのか」という問いかけであると受け止めるべきだろう。

もうひとつ、スポーツの好循環を阻害し、ファンを遠ざけかねない出来事や組織、人物をメディアが批判的に報道しきれていないことには、いくつかの構造的な問題がある。

ひとつは取材リソースの配分だ。20年前に野茂英雄投手の大リーグ初登板を取材した日、帰りの車に乗せてくれた地元紙のアメリカ人記者は、「なぜ日本のメディアはいつもあんなにたくさんの取材クルーを海外に送り込んでくるのか」と不思議そうにしていた。

野茂の場合は、日本人は大リーグで通用しないという定説を覆す可能性があるし、阪神淡路大震災が起きた直後の日本の世相を明るくするニュースだから、まだわかる。しかし、アメリカのプロゴルフツアーのトーナメントに、優勝争いにからむ見込みがない日本人選手がたった一人出場しただけでも、数十人の日本のマスコミ関係者の群れが現れる。日本のスポーツの世界はそんなに狭いのか、とその記者は呆れていた。

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