(第74回)結婚は万病薬か(その2)

山崎光夫

 結婚の形式に、
 「手鍋提(さ)げても」
 という言い方がある。

 どんな貧乏暮らしをしても、の意味。決意と覚悟が込められた結婚観である。

 先日、若い女性に“手鍋結婚”について話をしたところ、
 「そんな覚悟はありません。第一、今はそんな手鍋式の鍋はありませんよ」
 と一蹴されてしまった。

 確かに、手鍋はない。素材はさまざまだが、片手式か、両手式の鍋しか売っていない。手鍋は囲炉裏(いろり)で使う、つるの付いた鍋で、今どき囲炉裏のある家に住んでいる人など、皆無に近いだろう。

 IH対応鍋がご時世だから、手鍋結婚など、もはや博物館入りの話のようだ。

 近頃の統計では、若い男性の60%、若い女性の50%に異性の交際相手がいないという。結婚どころか、
 恋人もいない若者が多数派を占めているそうだ。

 しかし、女性の場合、“手鍋結婚”は敬遠しても、結婚願望は強いという。“結婚しない女”が時流かと判断していたが、たいへんな認識不足だった。

 というのは、このたび、歴史散歩の途中でたまたま、縁結びスポットとして有名な都心の神社のそばを通りかかった。そこに群れている若い女性たちの集団に大いに驚かされた。神社の境内は二十代女性の人口密度が都内でいちばん高いのではないかと思われるほどで、その熱気には圧倒されてしまった。おみくじ売り場や祈願の受付はたいへんな混雑である。
 みんな真剣そのもので、一種異様な空気に包まれている。

 神社にカップルは案外少なく、9割以上は若い女性。私のようなおじさんはほとんど、というか、まったくいない。
 本殿に拝礼するのに列を作って並ばねば賽銭も投げられないほどの混み合いである。ちょうど中年夫婦が一組いて、一緒に参拝させてもらった。

 さて、「婚活」やパワースポット詣でが実って、みごとゴールイン。
 結婚できた!
 結婚できて、結婚願望症で落ち込んだ気分も晴れた。めでたし、めでたし。結婚は万病薬だったか……。
 ところが、子どもが生まれて今度は「ホカツ」なる活動が定着しつつあるという。これは、「保育所探し活動」の略をあらわしているらしい。

 「就活」してから、「婚活」して、子どもが生まれてやれやれと思った矢先に「保活」では気が休まらない。
 若者受難の時代はまだまだ続きそうだ。

 チェーホフ(1860~1904。ロシアの小説家)は、
 「結婚生活でいちばん大切なのは忍耐である」
 と言ったが、今も結婚生活に求められているのは、夫婦円満のための忍耐もさることながら、現代という社会情勢を乗り切るための忍耐が必要なようだ。
 忍耐活動=「忍活」は生涯続く。
山崎光夫(やまざき・みつお)
昭和22年福井市生まれ。
早稲田大学卒業。放送作家、雑誌記者を経て、小説家となる。昭和60年『安楽処方箋』で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。
主な著書として、『ジェンナーの遺言』『日本アレルギー倶楽部』『精神外科医』『ヒポクラテスの暗号』『菌株(ペニシリン)はよみがえる』『メディカル人事室』『東京検死官 』『逆転検死官』『サムライの国』『風雲の人 小説・大隈重信青春譜』『北里柴三郎 雷と呼ばれた男 』『二つの星 横井玉子と佐藤志津』など多数。
エッセイ・ノンフィクションに『元気の達人』『病院が信じられなくなったとき読む本』『赤本の世界 民間療法のバイブル 』『日本の名薬 』『老いてますます楽し 貝原益軒の極意 』ほかがある。平成10年『藪の中の家--芥川自死の謎を解く 』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。
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