新幹線「途中駅」になった長野が栄える理由

「第2の開業」がもたらした市民の変心

「門前回廊」が姿を現した長野駅・善光寺口。広場では集会が開かれていた

北陸新幹線の開業で金沢や富山に脚光が当たる一方、途中駅となった長野とその近隣にも大きな変化が訪れている。開業前、市内には「通過駅化」の不安が漂っていたが、新たな顔となる駅前が装いを一新、6年ぶりの善光寺の「御開帳」も支えとなり、東西日本の真ん中に位置する優位性を意識し始めたように見える。

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JR東日本が8月18日に公表した夏季の利用データ(8月7日~17日)によれば、長野駅の降車人員は前年比13%増の26万4千人。同じ長野県内の軽井沢駅は7%増の7万5千人、北陸新幹線の利用(高崎―軽井沢間、7月17日~8月17日)も76%増の190万7千人と快走が続いている。長野新幹線から北陸新幹線への「第2の開業」、長野駅とその近隣は、まずは順調にスタートを切った形だ。

「門前回廊」新たな顔に

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改装工事が始まった旧長野駅

「長野駅が立派になって本当にうれしい」。北陸新幹線開業から4カ月後の2015年7月、長野市で出会った人々は一様に顔をほころばせた。

かつては、一度見たら忘れられない「仏閣型駅舎」で知られた長野駅。1936年の建造から60年余りを経て、1997年の長野新幹線開業とともに、よく見かける橋上駅に姿を変えた。そして、今回の北陸新幹線開業に合わせ、駅正面に当たる善光寺口一帯が整備された。

駅舎と駅ビルの壁面いっぱいに、地元の杉材を使った列柱12本がそびえ、大庇(おおびさし)を支える。高さ18m、幅140mの壮大な空間が誕生した。長野の歴史と伝統を「門」の形で表現したデザインから、公募で「門前回廊」と名付けられた。全国の新幹線駅で、最も個性的な景観の一つかもしれない。

「暫定整備の段階からようやく、私たちが本来、目指していた駅に生まれ変わった」。開業対策に長く携わってきた長野商工会議所の徳武高久・商工振興部長は、列柱を見上げながら感慨深げに語った。

善光寺ゆかりの「如是姫(にょぜひめ)」像が立つ中央広場では、100人ほどの市民が集まり、「社会を明るくする運動」の街頭啓発活動を行っていた。旧駅前広場に比べて使い勝手が向上したように見える。バスプールとタクシープールも整備され、車体に「長野からいちばん近い海外への玄関口・富山きときと空港」の広告が付いたバスが走り抜ける。長野駅から北陸新幹線を利用すれば、国際線4路線を持つ同空港まで約70分。地理的環境の変化を象徴する光景だ。駅ビル「MIDORI長野」はテナントが45ショップから112ショップに増加。日常用の食料品を置くスーパーも開店して商業機能が充実した。

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