日経傘下入りで気になる「FTの強み」の行方 孤高の勝ち組経済メディアの強みとは?

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電子版の有料購読者を増やすために要となるのが、コンテンツ。富裕・エリート層の読者がついていること、経済・金融情報という特化された情報を出していることは強みだが、それだけでは不十分、という認識がある。

そこで、「どこにもないコンテンツ作り」に力を入れている。

例えばそれは、スクープ(損失隠しのオリンパスの報道が一例)、独自の解説や論説のラインアップ、トピックの先取り情報、長文の記事(平日版では毎日、一つの紙面全体を使って特集記事がある)、テクロジーを駆使したジャーナリズム(インフォグラフィックス、豊富な動画、記者によるブログ)など。

日本でも期待がかかる動画の例をとってみよう。動画といっても、他のサイトのようにいわゆる動物や面白おかしい話は対象とされない。FTの場合、編集長や記者、企業の経営陣などが数分の動画でコメントを出す、インタビューされるといったものが多い。例えば、英国では5月に総選挙があった。長い分析記事を読むよりも、編集長自らによる数分のまとめ動画で、大体のところがわかり、便利だ。政治などの専門分野にいる記者やコラムニストの見立てをポッドキャストで聞くと、状況がすっと頭に入ってくる。文章、動画、音ーすべてを使って情報を出している。

FTが他にはないコンテンツをつくるために、通常は表に出ない要素を一つあげみたい。それは、「人」である。FTの場合、記者、編集者レベルがすでに、英社会の中では知的エリート層である場合がほとんどだ。高額を払い、こうした頭脳を雇用している。

頭脳(人材)、テクノロジー、読者データの活用などに出来る限り投資をしながら、お金を払ってでも読みたいコンテンツを作っている。
 スクープを連発しているわけでも、調査報道だけにお金を費やしているわけでもない。毎日が、コツコツとした努力の積み重ねだが、「立ち止まってはいられない」(バーバー編集長)という認識のもとで、世界中にいる知的読者に向けて、新聞を作っている。

FTは独特の強さを維持できるのか

FTグループを率いるジョン・リディングCEO(2008年5月、撮影:尾形文繁)

そんなFTの弱みとは何だろうか。収入(経営基盤)の話からすれば、以前は広告収入に依存している点が弱みだった。しかし、景気後退の際には経営が危うくなることを身をもって体験し、有料購読者による経営の安定を目指す方針に舵を切った。

それでも、これまでに見てきたような質の高いジャーナリズムを維持していくことは容易ではない。「量は質に転嫁する」という言葉もあるように、多くの読者を集めることに成功した新興メディアが優秀なジャーナリストを雇い入れ、果敢にスクープを連発する時代に入っている。米国においてはビジネス系のウェブサイトとしては新興の「ビジネス・インサイダー」「バズフィード」などの台頭が著しい。当然、ジャーナリストの流動性は大きく、FTに優秀な人材がとどまり続ける保証などない。やはり、ウェブ専業者との競争の激化が、最大の「懸念材料」といえるだろう。

そして、もうひとつ弱みになりかねないのが、オーナーとの関係だ。これまでのオーナーだった教育出版社のピアソンと比べれば、日経は同業であり、よりシナジーを出しやすいだろう。しかし、一方では、同業ゆえに対立が起きやすいという懸念もある。対立を避けるための距離感の取り方は、かなり難しいものになりそうだ。

小林 恭子 在英ジャーナリスト

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こばやし・ぎんこ / Ginko Kobayashi

成城大学文芸学部芸術学科(映画専攻)を卒業後、アメリカの投資銀行ファースト・ボストン(現クレディ・スイス)勤務を経て、読売新聞の英字日刊紙デイリー・ヨミウリ紙(現ジャパン・ニューズ紙)の記者となる。2002年、渡英。英国のメディアをジャーナリズムの観点からウォッチングするブログ「英国メディア・ウオッチ」を運営しながら、業界紙、雑誌などにメディア記事を執筆。著書に『英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱』。

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