日本の観光を潤すのは、「爆買い」だけなのか 優良リピート客が「疎外感」を抱いていないか

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中国本土からの観光客はツアー客が主体なので、成田や羽田から入って、東京や大阪、名古屋など「ゴールデンルート」と呼ばれるところを回って国へ帰っていく。そのため都市部では中国人の存在感がどうしても大きくなるが、彼らは地方にはあまり行かない。

一方、すでに何度も日本に来ている台湾、香港の人々は、東京や京都には飽きが来ており、それよりも仲間たちの誰も行ったことのない秘境を回って、フェイスブックで自慢しては楽しんでいる。

だから、東北地方の日本人すらほとんど知らないような農家民宿で、なぜか台湾の観光客で連日予約が埋まってしまうような現象が起きるのである。また、讃岐うどんの手打ち体験をしたり、鳥取の探偵コナン施設を回ったりと、観光スタイルが細分化されている。

中国観光客依存には”怖い点”も

各地方都市はいま、台湾や香港と定期便やチャーター便を飛ばそうと躍起になっている。どの空港も国内の不採算路線が削られ、空港の経営には苦労している。そんななか、オープンスカイや格安航空会社(LCC) の増加もあって、観光客による経済効果を期待できる台湾、香港便をとにかく開設したくて仕方ないのである。

また、中国観光客依存には怖いところがある。日中関係が改善に向かうかと思われるいまの段階では、中国政府も奨励する形で観光客が送り出されているものの、たとえば日中関係の急激な悪化など何らかの新しい状況の変化があれば、中国政府が水道の蛇口を締めるかのようにその流れを止めてしまうことも可能だ。

現段階で中国がそうした動きに出る可能性は低いだろうが、たとえば、マカオのカジノについて言えば、中国の反腐敗運動で遊びにやってくる中国人の数が急激に減って、マカオ全体の景気が一気に下火になったことでも分かるように、政治的不確定性が強いのは確かだ。

それに比べて、体制が違って政治が国民の渡航をコントロールできない台湾や香港の観光客は、安心して需要予測をアテにできる相手だ。彼らは日本のサービスや商習慣にもなじんでいるので、中国人観光客のように、普段以上にあれこれ気を使わなくてよく、日本人や普通のガイコクジンと同様のサービスをしていれば済むところにもメリットがある。

中国人の「爆買い」を喜ぶのはいい。だが、台湾、香港の観光客のように、長年かけて日本観光のよさをじっくりと開拓してきてくれた人々に「疎外感」を感じさせることがあれば、それはこれまで日本観光を支えてくれた恩を仇で返すようなものであり、観光立国を目指すうえで避けるべきことだろう。

野嶋 剛 ジャーナリスト

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のじま つよし / Tsuyoshi Nojima

1968年生まれ。上智大学新聞学科卒業後、朝日新聞社入社。シンガポール支局長、政治部、台北支局長などを経験し、2016年4月からフリーに。仕事や留学で暮らした中国、香港、台湾、東南アジアを含めた「大中華圏」(グレーターチャイナ)を自由自在に動き回り、書くことをライフワークにしている。著書に『ふたつの故宮博物院』(新潮社)、『銀輪の巨人 GIANT』(東洋経済新報社)、『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』(講談社)、『台湾とは何か』(ちくま書房)、『タイワニーズ  故郷喪失者の物語』(小学館)など。2019年4月から大東文化大学特任教授(メディア論)。

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