「自分らしい逝き方」選んだ81歳祖母が見せた最期 死から目をそらさず、人生に句読点を打つ強さ

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日本看取り士会の柴田久美子会長は、2022年の死亡者数が約156万人となり、戦後初めて150万人を上回ったと指摘する。

「鹿児島県の総人口が約157万人、沖縄県が約146万人。あるいは神戸市が約151万人です(2022年10月1日時点)。それほどの人数の方が毎年全員亡くなられていくことを、想像してみていただきたいんです。病院にも老人施設にも入れず、自宅で看取るしかない社会は始まっています」

姉妹は看取り後に千恵の日誌をめくり、残りの人生のカウントダウンとも思える記述を残していたことを知る。

千恵の最後の登山は、近くの低山に出かけた2022年7月下旬。10月末には、姉妹が千恵を誘って槍ヶ岳が見えると有名な旅館に出かけた。普段は霞がかっている山頂がその日はくっきりと見られて、千恵は「完璧な旅行」と絶賛したという。

その旅行から戻った後、千恵は「7月28日、最後の登山」と、なぜか11月の日誌に新たに書き加えていた。庸子はこう推測する。

「母は10月に3人で旅行するまで、最後の登山をまだ諦めていなかったんだろうと思うんです。でも、槍ヶ岳が本当にきれいに見えたから、『もう、じゅうぶんだ』という気持ちで、自らピリオドを打ったんだろうなって」

(写真:塩内さん提供)

ほかにも似た箇所はある。庸子と最後に喫茶店に出かけた2022年12月10日だ。

「その10日後の20日に、『10日が最後のフォレスト(喫茶店名)だった』と書かれていました。その後の体力の低下を実感して、これも母が書き加えたんだろうと思います」(庸子)

迫る死から目をそらさず、むしろ迎え入れるかのように「最後の〇〇」と一つずつ書き込んでいく。残る人生に句読点を打つ、千恵の強さが立ち上ってくる。

前向きな日々の先に、母の生き方と死に方があった

「もう(あの世へ)参らせてもらいたい」

千恵が庸子たちにそう口にしたのは2023年の元日で、彼女らしい言い方だった。

「『今日は8000歩歩く』と決めたら必ず実行する人でした。自分が最後まで健康でいたいのと、私たち家族に迷惑をかけたくないという思いも強かったんです。前向きで地道な日々の生活の先に、お母さんの生き方と死に方があったと思います」

庸子はそう話すと、「母とは正反対で大雑把な私は、あんな最期を迎えられるのだろうか?って思いますよね」と、ぽそっとつぶやいた。

美春は「お母さんはこんなに理想的な最期を迎えるために、これまでの生き方をしてきたような気がする」と、小川にそれぞれ語った。

「潔い死に方をするだろう」という姉妹の予想をはるかに超えた千恵の最期に、2人は圧倒されていた。

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荒川 龍 ルポライター

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あらかわ りゅう / Ryu Arakawa

1963年、大阪府生まれ。『PRESIDENT Online』『潮』『AERA』などで執筆中。著書『レンタルお姉さん』(東洋経済新報社)は2007年にNHKドラマ『スロースタート』の原案となった。ほかの著書に『自分を生きる働き方』(学芸出版社刊)『抱きしめて看取る理由』(ワニブックスPLUS新書)などがある。

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