角川辞め「香川」で予約制の古書店開いた彼の境地 予約があれば店を開けるスタイルを貫く理由

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「なタ書」は開店当初から一貫して予約制を貫いている。予約があるときは完全に貸し切りにして、その客だけを接客する。請われれば人生相談に対応し、街歩きにも連れ出す。予約が入ってない時間帯をフリー客の来店可能な時間帯として告知するときもあるが、基本的には営業時間というものはなく、予約があれば店を開けるスタイルを貫いている。

「開店当初は、どうせ古書店だけでは食べていけないだろうと思って、予約制にして店を開けていました。そうすれば、時間の融通が利き、他のアルバイトもできますから。今では古本屋専業ですが、予約制をやめる気はありません」

なぜ予約制の古本屋が、潰れずに成功できるのか?

藤井さんはむしろ「予約制は営業面でも理にかなった方法」だという。

「古本屋として心がけているのは、いつどんな時でも自分ができる接客レベルで60%以上の接客を心がけること。店を続けるうえで、そのためのコンディションの維持には気を付けています。結果的にそれが70%、80%の接客になる分にはまったく問題がないのですが、50%だと普通ということで、満足度が低くなってしまう。だから60%が目安です。

逆にフリー入店可能な時間帯にフラッと来た客にまで110%の接客をしたら、暑苦しいでしょう。一方で予約を取って来る場合は、相手も期待値が高いことが多いですね」

客商売には相手のニーズに合った対応が必要で、手厚い対応を求めている人を見抜くためにも、予約制は都合が良いのだろう。

しかし予約を取るとその時間は一組だけになってしまう。客が高松街案内を所望すれば、夜どころか明け方まで一緒に飲み歩いたりもするとのことだから、回転率も悪い。そもそも予約が全然入らない可能性だってある。それらをリスクとは感じないのだろうか。

「予約を取って営業するのは、フレンチレストランなども一緒。レストランなら半年待ちの店も普通にあります。飲食店にできて古本屋にできないことはありません。もし飲食店にできることが本屋にできないとしたら、それは食に対する本の敗北です」

藤井さんはそう断言する。それは顧客体験に絶対の自信があるからこそ、言えることだ。ニーズの高い客と事前にやり取りをして好みを把握できれば、それにフィットした商品を揃えることもでき、自然と客単価も高くなる。それは確かに、完全予約制の高級レストランにも似た方法かもしれない。

取材当日は東京のミュージシャン「このよのはる」がツアー中に立ち寄っていた(筆者撮影)

実際、ソーシャルメディアに投稿された口コミを見ると、「なタ書」を訪れた人の満足度は高い。店のTwitter(現X)アカウントでは、藤井さんによる来店客のポートレート写真が定期的にアップされるが、どの人も貸し切りの空間でゆっくりと本を選ぶことの幸せに包まれている。

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