70歳3人組が応援団を再結成して痛感した現実 小説『おかげで、死ぬのが楽しみになった』第1話(4)

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どのくらい叫びつづけていたのだろうか。

ようやく板垣が右手を下ろした。

まわりの雑音は消え、ひゅうひゅうと乾いた呼吸音だけが聞こえる。

朦朧とする中で、宮瀬と目が合った。私は無言で笑い返した。

「なんなら現役時代を超えちまったかもな」

板垣がベンチに浅く腰掛ける。

私は背もたれに体を預け、唾を飲み込む。喉の奥がひりひりと痛んだ。痛みを嬉しいと思えるのも久しぶりだった。「声はかれても、情熱はかれてなかった」と気障な言葉が浮かぶも、さすがに呑み込む。

「さっそくプレイバックしてみよう」

宮瀬が華麗なステップを踏むように脚を組み替えた。けれど希さんは、「いや……」と後ずさる。撮影に失敗したのだろうか。

「少しぐらいアングルが変でも、声は録れてるでしょ」

宮瀬がカメラを受け取り、再生ボタンを押した。しかし映像は映っているのに、小鳥がさえずる音しか聞こえない。

「ボリューム上げろよ」

板垣が顎をしゃくり、宮瀬が音量ボタンを連打する。

「あれ? これ以上大きくならないや」

すると希さんが気まずそうに返す。

「皆さん、思っているより声が出てなくて……。なんなら、ウィスパーボイスです」

「ウィスパーボイス!」

全員がベンチから立ち上がった。板垣と宮瀬は眉間に皺を寄せつつも、若干、惚けている。横文字め。

「そんなわけあるかっ」

正気に戻った板垣が、杖で地面を叩いた。私は喉をさする。喉の痛みと動画の現実が繋がらず、混乱していた。

「あっ、終わっちゃった。エールの途中は撮らなかったの?」

宮瀬が引きつった笑顔で訊いた。

「これで全部です」希さんが肩をすぼめた。「エンドレスエール、3分も続きませんでした」

「嘘だろ」

板垣があえぐように言った。

「それじゃあカップ麺も作れないよ」

宮瀬が冗談めかして言うものの、頬が痙攣している。

ガンバレって言うおまえがガンバレよ。

久しぶりに感じた希望が、いつもの失望に塗り替えられていく。

重力が倍になってのしかかってくるようで、立っていられず、ふらふらとベンチにもたれた。

「本当に高校時代に戻れるわけないか……」

確信が、幻に変わる。

天を仰ぐも、刺すような太陽光が目に染みて、また下を向いた。

「団室に戻るぞ」

うつろな目をした板垣が一人で歩き出す。

さらに昇らんとする太陽とは対照的に、心は沈む一方だった。

団室は、窓は開けてあるのに、風は流れず、ため息が沈澱していく。

「カメラに思い出補正機能があればよかったけどな」

皮肉が口をつく。自分たちは70歳で、高齢者で、老人だということは十分に理解していたつもりだ。でもどこかで、まだやれるのではないかという淡い希望を抱いていたことも事実だった。これでは木星に合わせる顔もない。

──ガンバレって言うおまえがガンバレよ。

テレビから、甲高い声が飛んできた。板垣が顔を上げ、画面を睨みつける。バラエティ番組だろうか、学ラン姿の二人組がコントを披露している。応援団を揶揄したこのギャグは、一昔前に流行語にもなった。当時は応援団OBとして、物申したい気持ちにもなった。ただ、今は反論もできない。私たちの応援を見たら、誰だってそう言うはずだ。

気まずそうな顔でチャンネルを変える希さんに、「少年野球の応援って、キャンセルできたりするかな?」と宮瀬が尋ねる。

「妥当だな」私も同意する。「こんな声じゃ、この先いくら努力したところで厳しい」

顔を上げると、番台上の壁に飾られた巣立の遺影と目が合った。いつだったか、巣立が言った「努力は裏切らないって」という甲高い声が脳内で再生される。

「巣立、努力は人を裏切るよ」

また脳裏に、のっぺりとした灰色が広がった。12年前、定年まであと2年の時の話だ。

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