「みんなは巣立に会ってたの?」
「どうした?」
顔を上げた板垣は、先ほどまでの必死さをごまかすように、へらへらと口を歪めた。
「実は巣立が生きていて、どっかに隠れてるんじゃねえかって」
「相変わらず、団長の辞書に『あきらめる』の文字はないんだね」
宮瀬がおどけた声で返す。
「けど見当たらねえわ。本当に、巣立は天国へ巣立っちまったのかもな」
「笑えない冗談だ」と私は苦笑する。
いつもなら、板垣が突っかかってくるところだが、返事はなかった。
沈黙が私たちを繋ぐ。
間を埋めようと、息を吸う。
浮かんだ軽口を発する前に、板垣の頬を水滴が流れ落ちた。
誰よりも大きな声で選手を鼓舞してきた団長は、音も立てずに泣いた。
人は死ぬ。
この歳なら、当たり前のこととして受け入れなければならない。
けれど板垣の涙を見た途端、目の奥が焼けるように熱くなる。
もう二度と、巣立に会えない。
滲む遺影に、祈るように手を合わせる。
巣立は死ぬ直前も、ニヤニヤと笑っていられただろうか。
私がしてやれたことはなかっただろうか。
10年前に再会した時は、あれが最後になるなんて思わなかった。
巣立からは、毎年のように「いつかみんなで集まろう」と書かれた年賀状が届いていたのに……。別に会う用事などない、と返事をしなかった。でも本当は、会うのが怖かっただけだ。自分のプライドを守るために、彼の気持ちを踏みにじり、無視しつづけた。
「みんなは巣立に会ってたの?」
宮瀬の声に、顔を上げた。
「いや……」
私は言葉を濁す。10年も音信不通だったとは言えなかった。
「僕も……」
宮瀬が弱々しく同意する。
「俺も……」
板垣の掠れた声が重なる。
美容室が忙しい宮瀬はともかく、団長も会っていなかったとは。
「次にみんなで集まれるのは、いつになるだろうね」
宮瀬が寂しそうに眉尻を下げ、唇を噛んだ。
「この中の誰かが死んだ時じゃないか」と私は答える。
本音だった。誰かが死ぬくらいでしか、もう私たちが集まる理由が見当たらない。
「よし、帰るか」
板垣を先頭に玄関へ歩き出そうとした、その時、「応援団の皆さん」と私たちを呼び止める声がした。喪服の女性が駆け寄ってくる。板垣活火山の鎮火の助け舟を送ってくれた娘だ。
「あの、わたし、巣立進の孫の希です」
記憶が繋がる。ぱっちりとした目と薄く上品な唇は、巣立の奥さんである陽子先輩に似ているのだ。
彼女は「おじいちゃんの遺言です」と言って、封筒を差し出した。
皆で戸惑ったように顔を見合わせる。
板垣が受け取り、便箋を取り出した。
慎重に開くと、そこには、たった一行、こう書かれていた。
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