死ぬのが楽しみでたまらない
そして、わかったことがある。
気持ちはすれ違うし、
後悔は傷をえぐり返すし、
いつまで経っても、楽にはならない。
ふいに輝く未来が、息を呑むほど美しく、
心を揺り動かす。
希望から絶望が生まれるように、
絶望からまた、希望は生まれる。
いま、
こんな悲劇のど真ん中で……、
高校卒業以来、52年ぶりに訪れた巣立湯は、何も変わっていなかった。
瓦屋根から伸びる煤けた煙突も、中央に「ゆ」の字が浮かぶ色褪せた紺暖簾も、奥にある巣立の家に続く雑草だらけの裏道も。
ほっと漏れかけた息が、止まる。
巣立進通夜式
入り口の看板には、大切な仲間の名が記されていた。
「おーい、引間広志副団長」
呼ぶ声に振り返ると、高校時代に応援団で共に汗を流した宮瀬実の顔があった。美容師の彼は忙しく、同窓会で挨拶したきり、会うのは十数年ぶりだ。しかし、再会の喜びよりも先に、困惑が口をつく。
「その髪の毛……」
ハットの下から肩口まで伸びる髪が、見事なピンク色に染め上げられていた。
「美しいカラーでしょ。イメージは──」
かろうじて花が残る桜の木を見上げ、宮瀬は優雅に言った。
「チェリーフロッサム」
老眼鏡越しに、彼の顔をまじまじと見る。フランス人の血が混じった甘いマスクに、無垢な笑みが浮かんでいた。独創的な言い間違い癖は健在ということか。私は高校時代に戻ったつもりで言い返す。
「チェリーブロッサム、だな。フロッサムだと、宮瀬家の風呂場が寒いのかと心配になるだろ。高齢者ほどヒートショック現象には気をつけないと」
私の指摘に、「あ、ブロッサムね」と宮瀬は頬を赤くする。
「相変わらず、宮瀬は言い間違いが大胆だな」
「相変わらず、引間はツッコミが几帳面だね」
同時に吹き出す。宮瀬の顔に、くしゃくしゃっとした皺が寄った。人懐っこい笑顔も、健在のようだ。
「天国の巣立に見せたくてね」宮瀬がハットの先をつまみ、深く被り直す。「フランスでは『私を忘れないで』っていうのが、桜の花言葉なんだよ」
ピンクの後ろ髪が、風になびく。
「外見は、内面の一番外側だからさ」
「その道50年の美容師の言葉は、説得力があるな」
「ああ、それなんだけど」宮瀬が言いかけた時、巣立湯の中から「どういう意味だよ」という怒声が聞こえた。二人で顔を見合わせる。このしゃがれ声は、団長の板垣勇美だ。
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