70歳の3人組が高校時代の応援団を再起する日 小説『おかげで、死ぬのが楽しみになった』第1話(3)

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70歳の3人組が高校時代の応援団を再起する(写真:myconcept/PIXTA)
定年退職後、所属なし、希望もなし。主人公は全員70歳。かつて応援団員だった3人が、友人の通夜で集まった。そこに、「応援団を再結成してくれ」と遺書が届くが、誰を応援してほしいのかがわからない……!?
熱くて尊い、泣ける老春小説『おかげで、死ぬのが楽しみになった』の第1話「シャイニングスター 引間広志の世間は狭い」の試し読み第3回(全8回)をお届けします。

「引間さんはどう思ってるんですか?」

「本当に戻れるならな。この年齢で夢みたいなこと言ってると、認知症を疑われるぞ。それに常識的に考えて体がもたないだろ。私なんか、老眼に白内障に冷え性に貧血、狭心症の疑いまである」

すると宮瀬の目があからさまに泳いだ。

「宮瀬も持病あるのか?」

「僕は糖尿気味なのと」

「と?」

「物忘れが、ちょっとね」

「認知症の検査してみたのか?」

「まだ。昔のことはよく覚えてるんだけど、最近の記憶が……」

「本当に大丈夫なのか?」

「引間、宮瀬を追い込むなよ。ジビョハラで訴えられるぞ」

「なんだ、ジビョハラって」

「『持病全部言えよハラスメント』だろうが」

板垣と宮瀬は、「ジビョハラ反対! ジビョハラなくせ!」と息の合ったシュプレヒコールを上げる。2人でひとしきり盛り上がった後、板垣がテーブルに手をつき、立ち上がった。

「俺だけだな、健康なのは」

「団長がいちばん不安だ。曲がった腰のせいで、歩くのに杖がいるなんて」

本来は180センチ近くある板垣だが、立っていても目線は座っている私とほぼ同じ。現役時代のように動けるとは思えない。

「家族だって心配するだろうよ」

「俺は、すでにあきれられてる」板垣が豪快に笑う。

「僕は、すでに独り身だしね」宮瀬は首をすくめる。

「あのう」

希さんが番台から身を乗り出す。大きな目が、私を捉えた。

「引間さんはどう思ってるんですか?」

「私、ですか?」

思いがけない質問に、声がうわずる。

「そうです。引間さんは、どう思ってるんですか?」

「私は……」

返事をしたものの、頭がうまく回らない。これまでの人生で受けてきた問いかけは、私ではなく、私の立場に対してのものだったからだ。

係長はどうお考えでしょうか?

親御様はいかがですか?

だから私は、係長として、親として、意見した。世間一般で考えられる、その立場にいる人間がふるまうべき言動の中で、自分の意に近いものを選択してきた。

目を閉じ、再結成をした未来を想像する。

やらない理由ばかりが目についた。

どう考えても、うまくいかないことは明らかだった。

やはり断るべきだろう。

そう思い、目を開ける。

すると、板垣と宮瀬が、含み笑いでこちらを見つめていた。

脱衣場の鏡に視線を移す。紛れもない自分の顔。その表情に、「ラブ・ニヤニヤ」と巣立の声が重なる。私はためらいながらも、わずかに開いた唇の隙間に空気を送り、音にする。

世間でもなく、家族でもなく、立場上でもなく、私自身が望むことを。

「あの頃に戻ってみたい、とは思います」

口もとから現実へとこぼれた言葉に、鏡の中の自分も目を丸くした。

「決まりだね」

宮瀬がパチンと指を鳴らす。

「やるとは言ってない。戻ってみたいと言っただけで」

抵抗する私の手首を、板垣が杖の柄で押さえつける。ちらりと時計を確認し、周囲に告げた。

「15時55分、引間広志容疑者逮捕」

「団長、罪状は?」

「本音詐称及び、本心隠蔽」

板垣の言葉を、宮瀬がすかさずメモに取る。私は観念し、お縄を頂戴した。

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