「引間さんはどう思ってるんですか?」
「本当に戻れるならな。この年齢で夢みたいなこと言ってると、認知症を疑われるぞ。それに常識的に考えて体がもたないだろ。私なんか、老眼に白内障に冷え性に貧血、狭心症の疑いまである」
すると宮瀬の目があからさまに泳いだ。
「宮瀬も持病あるのか?」
「僕は糖尿気味なのと」
「と?」
「物忘れが、ちょっとね」
「認知症の検査してみたのか?」
「まだ。昔のことはよく覚えてるんだけど、最近の記憶が……」
「本当に大丈夫なのか?」
「引間、宮瀬を追い込むなよ。ジビョハラで訴えられるぞ」
「なんだ、ジビョハラって」
「『持病全部言えよハラスメント』だろうが」
板垣と宮瀬は、「ジビョハラ反対! ジビョハラなくせ!」と息の合ったシュプレヒコールを上げる。2人でひとしきり盛り上がった後、板垣がテーブルに手をつき、立ち上がった。
「俺だけだな、健康なのは」
「団長がいちばん不安だ。曲がった腰のせいで、歩くのに杖がいるなんて」
本来は180センチ近くある板垣だが、立っていても目線は座っている私とほぼ同じ。現役時代のように動けるとは思えない。
「家族だって心配するだろうよ」
「俺は、すでにあきれられてる」板垣が豪快に笑う。
「僕は、すでに独り身だしね」宮瀬は首をすくめる。
「あのう」
希さんが番台から身を乗り出す。大きな目が、私を捉えた。
「引間さんはどう思ってるんですか?」
「私、ですか?」
思いがけない質問に、声がうわずる。
「そうです。引間さんは、どう思ってるんですか?」
「私は……」
返事をしたものの、頭がうまく回らない。これまでの人生で受けてきた問いかけは、私ではなく、私の立場に対してのものだったからだ。
係長はどうお考えでしょうか?
親御様はいかがですか?
だから私は、係長として、親として、意見した。世間一般で考えられる、その立場にいる人間がふるまうべき言動の中で、自分の意に近いものを選択してきた。
目を閉じ、再結成をした未来を想像する。
やらない理由ばかりが目についた。
どう考えても、うまくいかないことは明らかだった。
やはり断るべきだろう。
そう思い、目を開ける。
すると、板垣と宮瀬が、含み笑いでこちらを見つめていた。
脱衣場の鏡に視線を移す。紛れもない自分の顔。その表情に、「ラブ・ニヤニヤ」と巣立の声が重なる。私はためらいながらも、わずかに開いた唇の隙間に空気を送り、音にする。
世間でもなく、家族でもなく、立場上でもなく、私自身が望むことを。
「あの頃に戻ってみたい、とは思います」
口もとから現実へとこぼれた言葉に、鏡の中の自分も目を丸くした。
「決まりだね」
宮瀬がパチンと指を鳴らす。
「やるとは言ってない。戻ってみたいと言っただけで」
抵抗する私の手首を、板垣が杖の柄で押さえつける。ちらりと時計を確認し、周囲に告げた。
「15時55分、引間広志容疑者逮捕」
「団長、罪状は?」
「本音詐称及び、本心隠蔽」
板垣の言葉を、宮瀬がすかさずメモに取る。私は観念し、お縄を頂戴した。
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