石垣島が「陸上自衛隊」を受け入れた本当の理由 辺境から南西防衛と台湾有事を考える(上)

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他方、日台漁業取り決めは沖縄の漁師たちに思わぬ副業を与えることになる。水産庁が3年間で約100億円という膨大な予算を投じて、沖縄における外国漁船の操業調査・監視事業を行うことにしたのだ。同庁は、沖縄県漁業振興基金の事業として県内の各漁協に投棄漁具の回収・処分、違法操業の監視などの台湾漁船対策を委託する。

対策任務を行う漁師には所属漁協経由で、1人1日約2万5000円の賃金と用船料(15トン未満の船なら1隻4万2000円)、燃油代・消耗品代・通信費など(実費)が支給されることになった。しかも、任務中に漁を行ってもよいという。

日台漁業取り決めに対する実質的な漁業補償となった台湾漁船対策事業は、宮古、石垣、与那国など各漁業協同組合の組合員が減るのを阻止することになったが、漁をしない漁師を生み出す結果ともなった。

国策の失敗を穴埋めする安全保障の論理

石垣島に漂着する大量の漂流ゴミは、明らかに一県の一基礎自治体の処理能力に余るものであり、石垣市の財源を強く圧迫している。他の市町村のゴミ処理場で焼却や埋め立てを行うためには、船で漂流ゴミを運搬する必要があり、その費用負担を考えると割に合わない。こうした石垣市の現状において、環境省の補助金よりも「割のいい」防衛省の補助金がもらえることが、陸上自衛隊の駐屯を認める1つの要因になったといえる。

同じく、日中の尖閣紛争と、中台の尖閣問題での連携を阻止するために結ばれた日台漁業取り決めは、尖閣周辺に加えてその他の石垣の漁師の漁場も奪う結果となり、彼らの仕事を著しく圧迫した。しかし、台湾漁船対策事業という副業がもたらされたことで、宮古・八重山諸島の漁師の間に、漁協に入っていれば漁をしなくても生活できるという状況が生まれる。

本来、海を挟んだ隣国である日中関係の悪化は、漁に影響を与え好ましくない。しかし、漁をするインセンティブが低下すれば、日中間の緊張を下げようとする地元のインセンティブも弱くなるだろう。これも、陸上自衛隊の駐屯に対する石垣島内の世論に影響したと考えてよい。

山本 章子 琉球大学人文社会学部国際法政学科准教授

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やまもと あきこ / Akiko Yamamoto

1979年北海道生まれ。一橋大学法学部卒。編集者を経て、2015年一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。博士(社会学)。沖縄国際大学講師などを経て、2018年より琉球大学専任講師。専攻・国際政治史。著書に『日米地位協定 在日米軍と「同盟」の70年』(中公新書)、『米国と日米安保条約改定――沖縄・基地・同盟』(吉田書店、2017年、日本防衛学会猪木正道賞奨励賞受賞)など。

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