東京丸の内駅舎は、なぜ超高層化を免れたか

幻の「東京駅超高層化計画」と「NHKタワー」

1958年、東京丸の内駅舎は24階の超高層ビルに建て替える計画があった(写真:ジャバ / PIXTA)

高度成長期の東京に、未完に終わった2つの高層建築物計画があった。

ひとつは、東京駅の超高層化計画。もうひとつは、代々木公園に計画された高さ610メートルのテレビ塔である。ともに、日本の超高層時代をつくった建築構造学者、武藤清が設計に大きくかかわっていた。

昨年、東京駅は開業100周年を迎えた。赤レンガ駅舎は、空襲で被災する前の姿に復元され、左右に並ぶ八角形のドームが開業当時の偉容を誇っている。この駅舎は、今や東京のランドマークであるばかりでなく、近代日本を象徴する歴史的遺産となった。

赤レンガは建て替える計画だった

しかし、東京駅赤レンガ駅舎は解体の危機を迎えたことがあった。1958年、十河信二(そごう しんじ)国鉄総裁が24階建ての高層ビルへの建替えを公表したのである。同年、高さ333メートルの東京タワーが完成するが、当時、ビルの高さは最大31メートル(100尺)に制限されていた。

65.45メートルの国会議事堂が、ビルとしては日本一だった(これは法の例外措置で建設)。東京駅超高層化計画は欧米で一般化していた超高層ビルを、日本で初めてつくる前代未聞の試みであった。

結局、この計画は雲散霧消した。ただ、この検討は無駄ではなかった。研究過程で培われた技術が、日本初の100メートル超の高層ビル「霞が関ビル」として結実したのである。

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