日本をよそに仁義なき保護主義に立ち返る欧米 新たな税制優遇競争の勃発で税収減の恐れ

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EUでは、域内競争を不当に歪める可能性があるとして、加盟国が特定の企業に対して補助することは原則として禁止されていた。しかし、この計画の下では、この原則を緩和して、各加盟国の独自財源でグリーン関連の投資を促す税制優遇や補助金の導入を、EUが認める方針を示したのだ。

そういえば、いくつかの欧州諸国では、これまでにもパテントボックス税制、ないしイノベーションボックス税制を設けている。イノベーションの促進を期待して、特許やソフトウェアなど知的財産から生じる所得にだけより低い優遇税率を適用する税制である。

知的財産は、条件さえ整えれば世界のどこででも開発できるが、その知的財産から生じる法人所得は、できれば税率が低い国で計上したい。企業はそう考えるものだ。これが恣意的に計上されては租税回避になるので、前掲のBEPSのルールでは、国内で自ら研究開発を行うことを要件とした。

そうなると、あらかじめ税率が相対的に低い国で研究開発を行えば、そこで生み出された知的財産からの法人所得はより少ない税負担で済む。ならば、イノベーションボックス税制がある国で研究開発を行うことが有利になる。見方を変えれば、イノベーションボックス税制も、それなりに保護主義的な税制だ。

「自由と公正」を訴える間に税収が失われる

フランスやオランダ、イギリスなどの欧州諸国には、既にイノベーションボックス税制がある。しかし、日本にはない。

いま、わが国はそうした国際経済の環境の下にある。

1980年代の日米貿易摩擦に直面して以来、閉鎖的な商慣行を改めよ、不公正な取引を助長する制度を改めよ、と批判され、日本はより自由で公正な経済体制になるべく心がけてきた。そして、特定の産業を保護することを避け、自由貿易の恩恵を受けてきた。

日本が、欧米に対して、そうした保護主義的な政策を改めよと主張して、受け入れてもらえるなら、世界的にみても望ましい。国際経済は、自由で公正であるべきだ。

しかし、それが受け入れられないとなれば、欧米だけが戦略産業を囲い込むことができて、日本には何も残らないということになりかねない。何も残らなければ、日本の税収も失われてしまう。

BEPS包括的枠組みを主導してきた日本の立場は尊いが、この保護主義的な渦に、日本の税制はどう立ち向かうのか。立場を鮮明にせざるを得ない時が近づいている。

土居 丈朗 慶應義塾大学 経済学部教授

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どい・たけろう / Takero Doi

1970年生。大阪大学卒業、東京大学大学院博士課程修了。博士(経済学)。東京大学社会科学研究所助手、慶應義塾大学助教授等を経て、2009年4月から現職。行政改革推進会議議員、税制調査会委員、財政制度等審議会委員、国税審議会委員、東京都税制調査会委員等を務める。主著に『地方債改革の経済学』(日本経済新聞出版社。日経・経済図書文化賞、サントリー学芸賞受賞)、『入門財政学』(日本評論社)、『入門公共経済学(第2版)』(日本評論社)等。

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