50歳がんで逝った妻が残した3年間の闘いの記録 夫が「亡き妻の音源」を使って発信を続ける理由

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敏子さん(以後はハンドルネームの「しーら」さん)が右胸にがんがあるとわかったのは2010年8月11日のことだった。練馬区の自宅近くにある医院で精密検査を受け、右乳房充実腺管がんとの診断を受ける。紹介された大学病院で受診すると10月に手術することが決まった。

いろいろな情報を仕入れてみると、術後に元気な自分に戻れるまでにかなりの時間を要するおそれがあるとわかった。今と同じ体調で生活できるうちにブログを始めたい。そうして開設したのが「サラーマトの記」だ。

乳がんの診断と転移の事実に取り乱さず

<ずっとブログのタイトルが決められずにいた。考え過ぎて。もう9月になっちゃったので、おととい眠れぬ夜に思いついた言葉を入れて、さっき決めた。サラーマトは、ペルシア語で「健康」という意味。「健康の記」だ。ネットでちょっと引いたら、いくつかの国では「ありがとう」という意味で使われているとか。いい言葉だ。>
(2010年9月1日「最後の9月が始まった」)

このとき47歳。公也さんとの結婚24周年を間近に控えていた。大学に通う長男を筆頭に3人の息子と5人で暮らす自宅で、地図とイラスト制作、翻訳の仕事を請け負っている。9年前から熱中しているジャズダンスも続けたい。現在の暮らしをできる限り維持しつつ、完治を目指して治療に励もう──。淡々と事実を受け止めて前向きに病気と向き合う姿がブログやSNSに残されている。

予定どおりに手術を受けて3cm弱の腫瘍を取り除いた。リンパ節に転移が見つかったのはそれから2カ月も経たない頃だ。抗がん剤治療は避けられない状況だが、それでも取り乱さない。

<16年前、肺ガンで亡くなった父親が副作用に苦しんでいたのと同じ名前の治療を自分が受けるなんて、いまだに信じられない。
でも、医学の進歩を信じて。
って言うときれいだけど、本音は怖くてたまらん。だけど周りの人たちのおかげですごい強気になっている自分も出てきていて、その二重人格ぶりにちょっとびっくり。そうか、二重人格状態だったのか。>
(2010年12月7日「化学療法開始前日までのメモ」)
次ページ夫は可能な限り診察に立ち会い、寄り添った
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