母国を愛しても国家は信用すべからず 日本総合研究所会長・野田一夫氏①

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のだ・かずお (財)日本総合研究所会長。多摩大学名誉学長。上記2機関を含め、ニュービジネス協議会、県立宮城大学など産・学関係の数々の機関創設を主導し、「初代」責任者を務めた。各界の人脈は幅広く、P・ドラッカーを日本に紹介した人物でもある。1927年生まれ。

村上龍氏が2005年に発表した小説『半島を出よ』の序幕は、漁船で密入国した9名の武装集団が開幕試合中の福岡ドームに突入し、「北朝鮮反乱軍」を名乗って観衆を人質にする場面で、その設定はまさに今年。日本政府は小田原評定に終始するのみで、結局事件を終結させるのは自衛隊でも警察でもなく、日頃、倉庫街で一般市民と無縁の集団生活をしてきた変人たちです。

僕はあの作品を「国家なんて頼りにならないぞ」という、現代日本人への痛快な警告と感じました。何しろ僕らは少年・青年時代を通して、無能かつ冷血な国家によって無意味な“愛国”的行動を強いられ、命まで捧げさせられた世代。戦後生き残った後には、皆、程度の差こそあれ、「“国”とはいったい何だったのか」を真剣に考えました。僕の場合、その結論は端的には、“母国”と“国家”とを意識的に区別すること。

「主権在民」とは名ばかり

人は誰も国を選んで生まれてはきませんが、物心がつき、諸外国との比較で観念的に自国を認識する頃には、誰もが母国の言葉、味、風景、習慣、親しい人々等に完全になじんでいます。ですから、国際試合などではなぜか母国選手を懸命に応援します。これを“自然な愛国心”と呼べば、その利用価値を考えるのは、何といっても国家。具体的には、国家という名の権力機構を握る権力者と、彼らと利害が密接な人々です。

戦後日本の経済成長期には、さすがに僕も国家を頼もしく感じたものです。が、やがて通貨と石油、二つの危機が到来した“試練の1970年代”から、国民に対する国家の振る舞いは再び驕慢になり、さまざまな規制の強化とともに、権力特有の腐敗に根差す事件も目立ち始めました。80年代のバブルとその後の“失われた20年”は、国家権力の劣化がもたらした当然の帰結。劣化が進めば国家はより無責任になり、やがて凶暴化する可能性もあります。日本の政治状況は今や「主権在民」とは名ばかりにまで悪化していますからね。

急速に悪化中の財政の破綻も、個々人ではどうにもできない以上、それに対する資産防衛を図るとか、海外での新人生を計画するなど、国家によって人生を再び毀損されない策を真剣に考えるべき時でしょう。ちなみに僕は今年84歳。元来、海外移住願望派で、かねて老後(?)は好みの異国で悠々と暮らすのが理想。気候のよい季節にたびたび日本に帰って、旅したり、友人と旧交を温めたりした後、心を残しつつ愛する母国を後にする自分を夢見て、決意も準備も、もう十分できています。

週刊東洋経済編集部
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