ウクライナ戦争の影で中国が手に入れる「利権」 欧州、ロシアに詳しい蓮見雄・立教大学教授に聞く

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ロシアに対する経済制裁から人民元の決済が増える可能性も(編集部撮影)

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ロシアによるウクライナ侵攻で経済制裁が拡大。また、停戦協議はまとまらず戦況は長引き、泥沼化の様相を呈している。Gゼロ(リーダーシップ不在)の中で世界経済の構造は変わりつつあるが、ロシアによるウクライナ侵攻はこれに拍車をかける。
冷戦時代からロシアと欧州の経済を見てきた立教大学の蓮見雄教授に話を聞いた。前編は長期的な各国経済への影響、インタビューの後編は世界経済と覇権をめぐる問題を取り上げる。

 

――停戦協議がまとまらない中で経済制裁も拡大しており、ロシアのみならず世界経済、とりわけ欧州への影響も大きくなりそうです。

世界経済のあり方が大西洋から太平洋へと構造的に変わる過程で、そうした変化に伴う争いは遅かれ早かれ起きると思っていたし、実際に米中対立が起きている。それが欧州とアジアの間に位置するロシアの行動に影響するとは思っていた。

しかし、それが軍事侵攻という犠牲の大きい形で起きてしまったことは大変に遺憾だ。中国の存在がなければ、ロシアもこのような危険な賭けを思いとどまったかもしれない。同時に、冷戦後の西側資本主義陣営のやり方にも問題がなかったのだろうか、少し立ち止まって考えてみる必要がある。

ロシアが音を上げるかは疑問

ロシア経済への打撃はもちろん大きい。プーチン大統領は3日ほどでウクライナの制圧を終えて、戦闘は長期化しないことを前提にしていたのかもしれない。

はすみ・ゆう/1960年生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒。ソビエト連邦・ロシア経済から欧州経済、エネルギー政策まで研究。立正大学教授を経て2017年から現職。著書に『沈まぬユーロ』(共著)など(写真:本人提供)

2008年、ブカレストのNATO(北大西洋条約機構)首脳会議コミュニケにウクライナとジョージアが「NATO加盟国となる」との文言が書き込まれた。ちょうどこの前後から、プーチン大統領は欧州だけでなくロシアの東方への石油やガスの供給を進めてきた。2007年に東方ガスプログラムを公表、その前年から東シベリア・太平洋石油パイプライン(ESPO)の建設を開始し、2010年には大慶支線が完成、2012年にESPO全線が稼働し、アジアに石油を輸出できる基幹パイプラインが動き出した。サハリンからの液化天然ガス(LNG)の出荷が始まったのも2009年だ。

こうして、ロシアは、石油の4分の1を、さらにガスもある程度はアジア・太平洋向けに輸出できる体制を整えた。2014年のウクライナ危機後に始まった中ロをつなぐ「シベリアの力」ガスパイプラインも2019年に稼働している。

1998年の金融危機をきっかけに、ロシアは外貨準備の積み上げや国民福祉基金の充実を図ってきた。また、2014年のクリミア占領に伴う制裁もあって、脱ドル化を図ってきた。外貨準備は2021年6月末で約6300億ドルあるが、ユーロが約32%、金22%、ドル16%、人民元13%、ポンド6.5%でドルを減らしてユーロ、金、人民元を増やしてきた。もっとも、その6割は制裁で凍結されてしまったようだ。国民福祉基金は約1800億ドルあり、GDPの12%と規模は大きく、そのかなりの部分が中国債だとみられる。

やはり、外貨収入を絶たれてしまえば、苦しくなる。輸出業者に対する外貨収入の強制売却という話を聞いたとき、1990年代を思い出した。ロシアはソビエト連邦崩壊後も、1998年の金融危機の後も物々交換の現物経済が復活した。

今の若い人がそれに耐えられるのかはわからないし、ロシアでも反戦運動が高まっている。何より、日々の生活の悪化が政権への不満を強めるだろう。ただ、ロシアは攻めには弱いが守りには強い。経済制裁で簡単に音を上げるとは考えないほうがよい。

――資源開発からの西側企業の撤退も相次いでいます。

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