生き馬の目を抜く政官の舞台裏で交渉テクニックを磨いてきたのが、作家で元外務省主任分析官の佐藤優氏である。その技巧はビジネスの現場でも大いに参考になるはずだ。
──交渉力で修羅場をくぐり抜けてきたという印象があります。
政治家相手は難しい。政治家の持つ知識にばらつきがあることが問題だった。きまじめに話の誤りを指摘すると、「君、入省何年だ? 局長に君のことをよく話しておくよ」とにらまれる。「元気があっていいじゃないか」というせりふは、「おまえは終わりだ」という意味だ。
政治家が「イラン人はアラブ人だ」と発言したとしよう。「先生、確かにおっしゃるとおりで、イランの中でもごく一部ですが、アラブ系の人がいます。ニョロニョロッとアラビア語のような字を書きますよね……」と話の一部を肯定する。そして、徐々に正しい方向へと上書きしていく。
「ただ先生、あれはペルシア語なんです。アラビア語とはちょっと系統が違いまして、ペルシア語はドイツ語や英語に近い。先生のお話をきちんと伝えるためには、イランに関してはアラブというよりはペルシアというご認識で表現されたほうがより正確になります」という具合だ。
「そういえば、そうだな。君、いいところに気がつくじゃないか。イランはペルシアだから、気をつけないといけないね」と言ってくれたら狙いどおりである。
政治家は自分にとって役に立つと思えばいくらでも話を聞いてくれる。基本的には話し上手な人たちなのだが、そういう人たちは面白い話を聞くのが大好きな人種だ。引き出しの中に話のネタがたまっていくのが好きなのである。
政治家が使う説得術
政治家は、相手の意思に反することを強要する技を持っている。熟練の政治家の網にかかると、自分が損するはずのことでも、なぜか自発的に従ってしまう。これは錬金術師の技法である。
錬金術を学ぶことが極めて重要だ。マニュアルはカール・ユングの『心理学と錬金術』がよい。そこに要諦が書いてある。「曖昧なることを説明するに一層曖昧なることをもって、未知なるものを説明するに一層未知なるものをもって……」。いったい何を言っているのだろう?
曖昧なることを曖昧な概念で言い直す。わからないことの上にわからないことを積み重ねていく。こういうやり方は難しい問題を相手に納得させるうえで重要である。論理立っていないことだが、究極の説得術といえる。
説得術や交渉術は声色、目つき、そのときに着ている服のほか、身体表現、体臭など、全部含めて考えるべきものだ。どんなに優れた技巧を持っていても、風呂に2週間入っていなければ、説得力はゼロでしょう。「いいこと言ってるかもしれないけどあいつ臭いぞ」でおしまいだ。だから、身体に備わる全表現の勝負なのである。
話すことに関しては、極力うそをつかない。仕事上、どうしてもうそをつく必要がある場合は、そのうその部分だけは絶対に記憶しておく。
──話す力はどう磨けばよいのでしょうか。
読む力、聞く力、書く力、話す力という4つの力の中で、話す力は最も応用が利く。それに対して基礎力は読む力だ。外国語の場合はよりはっきりするのだが、読んでわからないものは聞いてもわからない。ましてや書くことや話すことなんてできるはずはない。
読解力と記憶力、そして情報処理力が基礎となる。読書はかなりの量が必要だ。量が質へと転化していく。基礎となる2冊から3冊の本をゆっくり読むことから始める。基本書でその概念がわかると、あとは速読ができる。
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