北朝鮮、表面化した台湾との親密な経済関係 「敵の敵は味方」を地で行く実利外交

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 ビジネスでも少なからぬパイプがありそうだ。記者が平壌で出会った台湾人の男性は、台湾の医療関連会社に勤めている人物で、平壌ではすでに7年以上、医薬品などの代理店事業を行っているという。「北朝鮮は中国から大量の医薬品を輸入しているが、ニセモノが多く誰も信頼していない」とこの男性は打ち明ける。そのため、医療技術の水準が高い台湾製の薬がとても人気なのだという。

この男性は次のようにも言っていた。「北朝鮮の患者の中には、次のような言い方がある。中国語で『薬到病除』(薬は病気を取り除く)という言葉があるが、中国製の薬は『薬到命除』(薬が命を取り除く)だ、とよく聞く」。加えて、北朝鮮の医師の中には、台湾で研修を受けるケースも多く、そうした人の往来は日常茶飯事のようだ。「特に心臓外科などの医師は北朝鮮のほとんどの医師が台湾で研修している」と、この男性は説明していた。

医療分野での台湾企業の進出が顕著

この男性に北朝鮮と関係を持つようになった理由を聞いてみると、数年前、所属する会社に欧州の医療機器メーカーから連絡があり、「自社製品を北朝鮮に納入したものの技術者を派遣できない。台湾から派遣してほしいという要請があったのがきかっけ」だったと言う。

台湾と北朝鮮の関係は、医療という国民の実生活に近いレベルに留まらないようだ。ある台湾の外交筋は、北朝鮮の国家的事業に台湾が関与したケースもあったという。それは、中国が無償で北朝鮮で設立した「大安(テアン)親善ガラス工場」(南浦市)と打ち明ける。

中朝友好の象徴とされ、2005年10月に操業を開始した同工場。訪朝した外国人もよく案内される工場の一つだ。かつて、故・金正日総書記が当時の胡錦濤・中国国家主席を直々に案内したことでも知られている。

ところが、中国側は「親善」でつくると言ったものの、2004年7月の着工後は長らくほったらかしにしてカネも資材も供給が滞ったままだった。業を煮やした金総書記が、「台湾から代わりにつくってもらえと指示したことを知った中国側が、慌てて資金などを供給し完成させたようだ」(前出の台湾外交筋)。これ以来、北朝鮮では、「中国は口では友好をとなえ、援助計画などを持ちかけるが、いざ始まると何もしてくれない」との評価が広まったという。

台湾と北朝鮮が経済的関係を持つようになった端緒は1990年代にさかのぼる。台湾電力が自社の原子力発電所から発生する低レベルの放射性廃棄物の処理を北朝鮮が引き受ける計画が浮上したことがあり、それがきっかけのようだ。この計画は結局は立ち消えとなったが、それから人の往来が本格化したようだ。

北朝鮮は、実利が得られれば中国も台湾も関係がない、と見ていることになる。「崖っぷち外交」と呼ばれるほど強硬な態度一辺倒ではなく、冷静に実利が獲得できる方法を戦略的に考えているわけである。ここにこそ、すぐにでも崩壊すると言われながらも持ちこたえてきた北朝鮮のしたたかさがあるのではないだろうか。

福田 恵介 東洋経済 解説部コラムニスト

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ふくだ けいすけ / Keisuke Fukuda

1968年長崎県生まれ。神戸市外国語大学外国語学部ロシア学科卒。毎日新聞記者を経て、1992年東洋経済新報社入社。1999年から1年間、韓国・延世大学留学。著書に『図解 金正日と北朝鮮問題』(東洋経済新報社)、訳書に『朝鮮半島のいちばん長い日』『サムスン電子』『サムスンCEO』『李健煕(イ・ゴンヒ)―サムスンの孤独な帝王』『アン・チョルス 経営の原則』(すべて、東洋経済新報社)など。

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