「アベノミクス」が選挙の勝者と言えない理由 安倍首相の財政運営は、一段と難しくなった

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そして、最大のヤマ場は、2015年の夏までに訪れる。それは、2020年度の財政健全化目標の達成に向けた具体策の策定である。具体策の策定は、安倍首相が解散の意向を表明したときに明言するとともに、今般の総選挙における自民党の政権公約にも明記されている。だから、やらないわけにはいかない。

ところが、「2020年度に国・地方の基礎的財政収支を黒字化する」という目標は、現時点で達成できるメドが立っていない。

財政健全化派、成長重視派の勝敗つかず、内閣責任増す

拙稿2014年8月4日のコラム「アベノミクスで財政再建は進んでいるのか」で詳述したが、内閣府が2014年7月に出した「中長期の経済財政に関する試算」によると、2010年代後半以降に3%台後半の高い名目成長率が続くとしても、2020年度には名目GDP比で1.8%、金額で11.0兆円の基礎的財政収支の赤字が生じるとの結果が出ている。さらに、それよりも低い名目成長率2%弱だと、2020年度には名目GDP比で2.9%、金額で16.2兆円の赤字となっている。

この約11~16兆円の収支改善を実現する具体策を立てられなければ、画餅に帰す。経済学者からは、この具体策についてのアイディアがすでに出されている。だから、達成できないことはない。だた、それを首相官邸サイドが気に入る否かは別である。

増税を避けたいなら、歳出削減を大規模にしなければ財政健全化目標は達成できない。そうなると、社会保障給付にもメスを入れなければ、歳出削減による財政健全化は困難である。しかし、自民党内には社会保障給付の大幅な削減に反対する勢力がいる。社会保障以外の支出を削減するにしても、自民党内に反対する勢力がいるのは言うまでもない。

経済成長をさらに促せばよいとの意見もあろうが、前掲の試算では名目成長率を3%台後半まで見込んでのことだから、それを超える経済成長を実現させる、「確かな具体策」が出せるだろうか。苛烈な生産性向上ができればよいが、規制改革などを行うとなると、これまた自民党内の反対意見に直面する。

歳出削減を行うにしても限界があるとすれば、消費税率を10%超に引き上げることも視野に入れなければならない。社会保障給付を大幅に削減するぐらいなら、消費税増税とセットで社会保障給付の削減を小幅にする方策に、自民党内で支持が集まったなら、首相官邸サイドはどうするか。

今般の総選挙では、これらの論点について、何ら決着がついていない。今般の総選挙で、「財政健全化派」が敗退したわけではないし、「成長重視派」が勝利したわけでもない。総選挙の大勝は、安倍内閣の継続をもたらしたが、それとともに負うべき財政運営の責任も大きいのである。
 

土居 丈朗 慶應義塾大学 経済学部教授

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どい・たけろう / Takero Doi

1970年生。大阪大学卒業、東京大学大学院博士課程修了。博士(経済学)。東京大学社会科学研究所助手、慶應義塾大学助教授等を経て、2009年4月から現職。行政改革推進会議議員、税制調査会委員、財政制度等審議会委員、国税審議会委員、東京都税制調査会委員等を務める。主著に『地方債改革の経済学』(日本経済新聞出版社。日経・経済図書文化賞、サントリー学芸賞受賞)、『入門財政学』(日本評論社)、『入門公共経済学(第2版)』(日本評論社)等。

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