菅首相誕生で政権とメディアの関係はどうなる 日本のジャーナリズムに及ぶ影響とは

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菅氏を担当する各者の政治部記者(番記者)は、国政をとりまく外交や政治、経済状況を追うため、何度も同じテーマを聞き続けることはあまりない。一方、私は政権の絡む疑惑を取材する社会部記者として3年近く、菅氏に質問を続けていた。菅氏の曖昧答弁を聞き流すことはできなかった。納得いかず後日、再び、会見で質問した。

「この日(6日)は広島で土砂が崩れ、多数が生き埋めになっていると救助要請も相次いでいた。京都、兵庫、広島では死者が出たほか、報道でも最大級の警戒を呼びかけている。なぜ、このような時に災害を指揮すべき首相や長官がこのような会合をもったのか」

経緯を説明しつつ尋ねたが、質問が長いという印象を与えたかったのだろう。菅氏は、司会役の上村秀紀報道室長(当時)に目配せし、「結論をお願いします」と“質問妨害”させたあと、こう答えた。「まず、この場は政府の見解を説明する場でありますので、あなたの要望にお答えする場面ではありません。しっかり対応しております」

メディアの「選別」からメディアの「管理」へ

「問題ない」というのが、いまの長官の認識か、と重ねて問うと、菅氏は「その通りです」と言って会見を終わらせた。問題ない? 大ありだろう。真摯に対応せず、論点をずらし、はぐらかす――。菅氏は首相になっても国会や記者会見でこんな答弁を続けるのだろうか。長官時代と同様、好まざる記者には秘書官や補佐官や一部の番記者を使って圧力をかけ、オフレコ取材をボイコットして、記者たちをコントロールするのだろうか。

今回の総裁選では、番記者たちの質問は型通りのものが目立つ。すべての質問がそうではないが、どこか記者クラブの「横並び」と政治家への配慮がないだろうか。自民党総裁選は今後、総理になる人物を吟味し、評価する期間だ。本人にとって耳障りの悪い質問もあてて、その応対ぶりを観察する必要があるのではないか。

第2次安倍政権はメディアを選別し、分断が進んだ。朝日新聞の南彰記者によると、第2次安倍政権発足から今年5月17日までに行われた首相の単独インタビューの回数は、夕刊フジ含む産経新聞が32回、NHKが22回、日本テレビが11回の順だという。一方、首相が国会の場で5回も名指しで批判を重ねた朝日新聞はわずか3回だ。

『嫌われるジャーナリスト』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします)

分断された記者クラブの中では、開かれた会見や質疑を求める機運は高まらなかった。新聞労連が昨年5月に実施したアンケートでは、内閣記者会の記者から「(会見のありようを変えるために)声を上げたくても、官邸と通じている社があり、身動きできない」といった悲壮感に満ちた声も寄せられていた。政権の計算通りだろう。だが、それを「問題」と認識していない報道機関もある。

メディアの多様性が失われることは、社会や政治の多様性の喪失にもつながる。弱者はすておかれ、人々は政治や社会に息苦しさを感じる。菅氏が首相になれば、これまで安倍首相が行ってきたメディアの「選別」から、さらに「管理」へとシフトするだろう。また、菅氏と近い報道機関の幹部は少なくない。これまで組織の中でもがいてきた記者やディレクターたちは、さらに苦しい立場に追い込まれるかもしれない。

記者1人、新聞社1社では力が弱い。権力による分断と管理に抵抗するため、「権力を監視するジャーナリストたれ」と志す記者たちは連帯しなければならないし、そもそも記者クラブを置いた当初の理由もそこにこそ、あったはずだ。しかし、今はそのチェック機能が低下し、権力に都合よく使われようとしている。今後、日本のジャーナリズムはさらなる危機を迎えるだろう。

望月 衣塑子 新聞記者

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もちづき いそこ / Isoko Mochizuki

1975年、東京都生まれ。新聞記者。慶應義塾大学法学部卒業後、東京中日新聞社に入社。千葉支局、横浜支局を経て社会部で東京地検特捜部を担当。その後経済部などを経て社会部遊軍となり、官房長官記者会見での鋭い追及など、政権中枢のあり方への問題意識を強める。著書『新聞記者』(KADOKAWA)は映画化され大ヒット。日本アカデミー賞の主要3部門を受賞するなど大きな話題となった。そのほか『武器輸出と日本企業』(KADOKAWA)、 佐高信との共著に『なぜ日本のジャーナリズムは崩壊したのか』(講談社)などがある。

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